戦国策 / 秦二・陘山之事
陘山之事,趙且與秦伐齊。齊懼,令田章以陽武合於趙,而以順子為質。趙王喜,乃案兵告於秦曰:「齊以陽武賜弊邑而納順子,欲以解伐。敢告下吏。」秦王使公子他之趙,謂趙王曰:「齊與大國救魏而倍約,不可信恃,大國不義,以告弊邑,而賜之二社之地,以奉祭祀。今又案兵,且欲合齊而受其地,非使臣之所知也。請益甲四萬,大國裁之。」蘇代為齊獻書穰侯曰:「臣聞往來之者言曰:『秦且益趙甲四萬人以伐齊。』臣竊必之弊邑之王曰:『秦王明而熟於計,穰侯智而習於事,必不益趙甲四萬人以伐齊。』是何也?夫三晉相結,秦之深讎也。三晉百背秦,百欺秦,不為不信,不為無行。今破齊以肥趙,趙,秦之深讎,不利於秦。一也。秦之謀者必曰:『破齊弊晉,而後制晉、楚之勝。』夫齊,罷國也,以天下擊之,譬猶以千鈞之弩潰癰也。秦王安能制晉、楚哉!二也。秦少出兵,則晉、楚不信;多出兵,則晉、楚為制於秦。齊恐,則必不走於秦且走晉、楚。三也。齊割地以實晉、楚,則晉、楚安。齊舉兵而為之頓劍,則秦反受兵。四也。是晉、楚以秦破齊,以齊破秦,何晉、楚之智而齊、秦之愚!五也。秦得安邑,善齊以安之,亦必無患矣。秦有安邑,則韓、魏必無上黨哉。夫取三晉之腸胃與出兵而懼其不反也,孰利?故臣竊必之弊邑之王曰:『秦王明而熟於計,穰侯智而習於事,必不益趙甲四萬人以伐齊矣。』」
新字:陘山之事,趙且与秦伐斉。斉懼,令田章以陽武合於趙,而以順子為質。趙王喜,乃案兵告於秦曰:「斉以陽武賜弊邑而納順子,欲以解伐。敢告下吏。」秦王使公子他之趙,謂趙王曰:「斉与大国救魏而倍約,不可信恃,大国不義,以告弊邑,而賜之二社之地,以奉祭祀。今又案兵,且欲合斉而受其地,非使臣之所知也。請益甲四万,大国裁之。」蘇代為斉献書穰侯曰:「臣聞往来之者言曰:『秦且益趙甲四万人以伐斉。』臣竊必之弊邑之王曰:『秦王明而熟於計,穰侯智而習於事,必不益趙甲四万人以伐斉。』是何也?夫三晉相結,秦之深讎也。三晉百背秦,百欺秦,不為不信,不為無行。今破斉以肥趙,趙,秦之深讎,不利於秦。一也。秦之謀者必曰:『破斉弊晉,而後制晉、楚之勝。』夫斉,罷国也,以天下擊之,譬猶以千鈞之弩潰癰也。秦王安能制晉、楚哉!二也。秦少出兵,則晉、楚不信;多出兵,則晉、楚為制於秦。斉恐,則必不走於秦且走晉、楚。三也。斉割地以実晉、楚,則晉、楚安。斉舉兵而為之頓剣,則秦反受兵。四也。是晉、楚以秦破斉,以斉破秦,何晉、楚之智而斉、秦之愚!五也。秦得安邑,善斉以安之,亦必無患矣。秦有安邑,則韓、魏必無上党哉。夫取三晉之腸胃与出兵而懼其不反也,孰利?故臣竊必之弊邑之王曰:『秦王明而熟於計,穰侯智而習於事,必不益趙甲四万人以伐斉矣。』」
書き下し
陘山の事、趙且に秦と齊を伐たんとす。齊懼れ、田章をして陽武を以て趙に合せしめ、順子を以て質と為さしむ。趙王喜び、乃ち兵を案じて秦に告げて曰わく、「齊陽武を以て弊邑に賜いて順子を納れ、以て伐を解かんと欲す。敢えて下吏に告ぐ。」秦王公子他をして趙に之かしめ、趙王に謂いて曰わく、「齊大國と魏を救いて約に倍けり、信恃すべからず。大國不義なるを以て、弊邑に告げ、之に二社の地を賜いて、以て祭祀を奉ぜしむ。今又兵を案じ、且つ齊に合して其の地を受けんと欲す、使臣の知る所に非ざるなり。請う甲四萬を益さん、大國之を裁せよ。」蘇代齊の為に書を穰侯に獻じて曰わく、「臣往來する者の言うを聞くに曰わく、『秦且に趙の甲四萬人を益して以て齊を伐たんとす』と。臣竊かに之を弊邑の王に必して曰わく、『秦王明にして計に熟し、穰侯智にして事に習う、必ず趙の甲四萬人を益して以て齊を伐たざらん』と。是れ何ぞや。夫れ三晉相結ぶは、秦の深讎なり。三晉百たび秦に背き、百たび秦を欺くも、不信と為さず、無行と為さず。今齊を破りて趙を肥やせば、趙は、秦の深讎なり、秦に利あらず。一なり。秦の謀者必ず曰わん、『齊を破り晉を弊れしめて、而る後に晉・楚の勝を制せん』と。夫れ齊は、罷れたる國なり、天下を以て之を擊つは、譬えば千鈞の弩を以て癰を潰すがごとし。秦王安んぞ能く晉・楚を制せんや。二なり。秦兵を出だすこと少なければ、則ち晉・楚信ぜず。多く出だせば、則ち晉・楚秦に制せらる。齊恐れなば、則ち必ず秦に走らずして且つ晉・楚に走らん。三なり。齊地を割きて以て晉・楚を實たせば、則ち晉・楚安んず。齊兵を舉げて之が為に劍を頓せば、則ち秦反りて兵を受けん。四なり。是れ晉・楚秦を以て齊を破り、齊を以て秦を破らしむるなり、何ぞ晉・楚の智にして齊・秦の愚なるや。五なり。秦安邑を得て、齊を善くして以て之を安んずれば、亦た必ず患い無からん。秦安邑有れば、則ち韓・魏必ず上黨無からんや。夫れ三晉の腸胃を取ると、兵を出だして其の反らざるを懼るると、孰れか利あらん。故に臣竊かに之を弊邑の王に必して曰わく、『秦王明にして計に熟し、穰侯智にして事に習う、必ず趙の甲四萬人を益して以て齊を伐たざらん』と。」
現代語訳
陘山の一件で、趙は秦とともに斉を討とうとしていた。斉はこれを恐れ、田章に命じて陽武の地を趙に差し出させて連携させ、順子を人質として趙に送らせた。趙王は喜び、そこで軍を控えさせて秦に告げて言った。「斉は陽武の地をわが国に与え、順子を人質として差し出し、それによって討伐をやめさせようとしております。あえて貴国の役人にご報告申し上げます。」秦王は公子他を趙に遣わし、趙王に言った。「斉はかつて大国(趙)とともに魏を救いながら盟約に背いたことがあり、信頼するに値しません。大国が不義を働いたことをわが国に告げ、二社分の土地を大国に与えて祭祀を続けさせたのです。ところが今、あなたの国は軍を控えさせ、しかも斉と結んでその土地を受け取ろうとしている。これはわが使者として理解しかねることです。どうかさらに甲冑の兵四万を増派させていただきたい。大国はよくお考えください。」蘇代は斉のために穣侯へ書状を献じて言った。「私が行き来する人々の話を聞くに、こう言われております。『秦はまもなく趙の甲冑の兵四万人を増派して斉を討たせようとしている』と。私はひそかに、わが国(斉)の王にこう申し上げております。『秦王は聡明で計略に熟達しており、穣侯は知略に富み実務に通じておられる。だから必ず趙の兵四万人を増派して斉を討つようなことはなさらないだろう』と。それはなぜか。そもそも三晋(韓・魏・趙)が互いに結びつくことは、秦にとって深い脅威です。三晋は百度も秦に背き、百度も秦を欺いてきましたが、それでも彼らは信義に欠けるとも、不品行だとも見なされておりません。今、斉を打ち破って趙を肥え太らせれば、その趙こそ秦にとっての深い仇敵となり、秦にとって不利益となります。これが一つ目の理由です。秦の謀臣たちは必ずこう言うでしょう、『斉を打ち破り晋(韓魏趙)を疲弊させ、その後で晋・楚のどちらが勝つかを制御しよう』と。しかし斉はすでに疲弊しきった国であり、天下の力を挙げてこれを討つのは、たとえば千鈞もの強弩をもってできものを潰すようなもので、労力に見合いません。秦王がどうして晋・楚を制御できましょうか。これが二つ目の理由です。秦が出す兵が少なければ、晋・楚は秦を信用しません。多く出せば、晋・楚は秦に制御されることを恐れます。斉が恐怖すれば、必ず秦に頼ろうとはせず、かえって晋・楚に頼ろうとするでしょう。これが三つ目の理由です。斉が領地を割いて晋・楚に与えれば、晋・楚は安泰になります。斉が兵を挙げて剣を鈍らせるほど戦えば、かえって秦がその矛先を受けることになります。これが四つ目の理由です。これでは晋・楚が秦を利用して斉を打ち破らせ、その後で斉を利用して秦を打ち破らせるようなものであり、どうして晋・楚だけが賢く、斉と秦だけが愚かであってよいでしょうか。これが五つ目の理由です。秦が安邑を手に入れ、斉と友好を結んでこれを安定させれば、それだけで必ず憂いはなくなるはずです。秦が安邑を領有すれば、韓・魏は必ず上党を保てなくなるのではありませんか。三晋の中枢である腹の部分を手に入れることと、兵を出しながらそれが無駄になることを恐れることと、どちらが利益になるでしょうか。だから私はひそかに、わが国の王にこう申し上げているのです。『秦王は聡明で計略に熟達しており、穣侯は知略に富み実務に通じておられる。だから必ず趙の兵四万人を増派して斉を討つようなことはなさらないだろう』と。」
解説
この章句が説くこと
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戦国策・五國伐秦無功五国秦を伐ちて功無く、成皋に罷(つか)る。趙秦に構(こう)せんと欲し、楚は魏・韓と将に之に応ぜんとす、秦欲せず。蘇代斉王に謂いて曰わく、「臣以為えらく、足下奉陽君に見えたり。臣奉陽君に謂いて曰わく、『天下散じて秦に事えば、秦必ず宋に拠らん。魏冉必ず君の陰有るを妒(ねた)まん。秦王貪、魏冉妒めば、則ち陰得べからざるのみ。君構すること無くんば、斉必ず宋を攻めん。斉宋を攻むれば、則ち楚必ず宋を攻め、魏必ず宋を攻め、燕・趙之を助けん。五国宋に拠らば、一二月に至らずして、陰必ず得ん。陰を得て構せば、秦変有りと雖も、則ち君患い無けん。若し已むを得ずして必ず構せば、則ち願わくは五国復た約を堅くせよ。願わくは趙を得て、足下雄飛し、韓氏の大吏と東に免(まぬが)れ、斉王必ず呡を召すこと無けん。臣をして約を守らしめ、若し与国倍約する者有らば、四国を以て之を攻めん。倍約する者無くして、秦約を侵さば、五国復た堅くして之を賓せん。今韓・魏と斉と相い疑うなり、若し復た約を堅くせずして講ぜば、臣恐らくは与国大いに乱れん。斉・秦復た合するに非ざれば、必ず踦重(きじゅう)する者有らん。後に合すると踦重する者と、皆趙の利に非ざるなり。且つ天下散じて秦に事うれば、是れ秦天下を制するなり。秦天下を制せば、将に何を以て天下を為さんとするか。臣願わくは君の蚤(はや)く計らんことを。「『天下秦を争うに六挙有り、皆趙に利あらず。天下秦を争えば、秦王負海内の国を受け、負親の交わりを合し、以て中国に拠りて、利を三晋に求む、是れ秦の一挙なり。秦是の計を行えば、趙に利あらずして、君終に陰を得ず、一なり。天下秦を争えば、秦王韓珉を斉に内れ、成陽君を韓に内れ、魏懐を魏に相とし、復た衍をして両王に交わりを合せしめ、王賁・韓他の曹、皆起ちて事を行う、是れ秦の一挙なり。秦是の計を行うや、趙に利あらずして、君又陰を得ず、二なり。天下秦を争えば、秦王斉を受け趙を受け、三疆三親、以て魏に拠りて安邑を求む、是れ秦の一挙なり。秦是の計を行えば、斉・趙之に応じ、魏伐つを待たずして、安邑を抱きて秦を信じ、秦安邑の饒を得、魏を上交と為し、韓必ず秦に入朝し、趙を過ぎて已に安邑せん、是れ秦の一挙なり。秦是の計を行えば、趙に利あらずして、君必ず陰を得ず、三なり。天下秦を争えば、秦燕・趙の交わりを堅くし、以て斉を伐ちて楚を収め、韓呡と与にして魏を攻む、是れ秦の一挙なり。秦是の計を行えば、燕・趙之に応ず。燕・趙斉を伐ち、兵始めて用いられ、秦因りて楚を収めて魏を攻めば、一二月に至らずして、魏必ず破れん。秦安邑を挙げて女戟を塞ぎ、韓の太原絶え、軹道・南陽・高を下し、魏を伐ち、韓を絶ち、二周を包めば、即ち趙自ら消爍(しょうしゃく)せん。国秦に燥(や)かれ、兵斉に分かれ、趙の利に非ざるなり。而して君終身陰を得ず、四なり。天下秦を争えば、秦三晋の交わりを堅くして斉を攻めしめ、国破れ曹屈し、而して兵東のかた斉に分かれ、秦兵を桉(おさ)えて魏を攻め、安邑を取る、是れ秦の一挙なり。秦是の計を行うや、君桉えて魏を救わば、是れ斉を攻むるの已に弊るるを以てし、秦と争戦するを救うなり。君救わずんば、韓・魏焉んぞ西合を免れんや。国謀の中に在りて、君終身陰を得ざる有り、五なり。天下秦を争えば、秦義を為すと按じ、亡を存し絶を継ぎ、危きを固くし弱きを扶け、無罪の君を定め、必ず中山と勝とを起こさん。秦中山と勝とを起こせば、趙・宋命を同じくせん、何ぞ陰を言うに暇あらんや、六なり。故に曰う、君必ず講ずること無くんば、則ち陰必ず得ん、と。』「奉陽君曰わく、『善し。』乃ち和を秦に絶ちて、斉・魏を収めて以て陰を取るを成せり。」
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戦国策・齊欲攻宋斉、宋を攻めんと欲す。秦、起賈をして之を禁ぜしむ。斉乃ち趙を捄(すく)いて以て宋を伐つ。秦王怒り、怨みを趙に属す。李兌、五国を約して以て秦を伐たしむるも、功無く、天下の兵を成皋に留め、而して陰かに秦に構(こう)す。又秦と与に魏を攻め、以て其の怨みを解きて封を取らんと欲す。魏王説(よろこ)ばず。斉に之(ゆ)きて、斉王に謂いて曰わく、「臣、足下の為に魏王に謂いて曰わく、『三晋皆秦の患い有り。今の秦を攻むるや、趙の為なり。五国趙を伐たば、趙必ず亡びん。秦、李兌を逐わば、李兌必ず死せん。今の秦を伐つや、以て李子の死を救うなり。今趙、天下の甲を成皋に留めて、陰かに之を秦に鬻(ひさ)ぎ、已に講ぜば、則ち秦をして魏を攻めしめて以て其の私封を成さん、王の趙に事うるや何をか得ん。且つ王嘗て漳に済(わた)り、身自ら邯鄲に朝し、陰・成を抱き、蒿・葛・薜を負い、以て趙の蔽と為り、而して趙は王の為に行うこと無し。今又何陽・姑密を以て其の子に封じ、乃ち秦をして王を攻めしめ、以て陰を取るに便せしむ。人比(ころ)然り、而る後に賢と不とを如何せん。如し王若し趙に事うる所以の半ばを用いて斉を収めば、天下敢えて王を謀る者有らんや。王の斉に事うるや、入朝の辱め無く、割地の費え無し。斉は王の故を為して、国を燕・趙の前に虚しくし、兵を二千里の外に用う、故に城を攻め野に戦うに、未だ嘗て王の為に先んじて矢石を被らずんばあらず。二都を得、河東を割きて、尽く之を王に効(いた)す。是れより後、秦魏を攻むれば、斉の甲、未だ嘗て歳ごとに王の境に至らずんばあらず。請う王の斉に報ゆる所以を問わん、可ならんか。韓呡趙に処り、斉を去ること三千里、王此を以て斉を疑い、秦に陰有りと曰う。今王又故薛公を挟みて以て相と為し、韓徐に善くして以て上交と為し、虞商を尊びて以て大客と為す、王固より以て反りて斉を疑うべけんや。』魏王此の言を聴くや甚だ詘(くつ)し、其の王に事えんと欲するや甚だ循(したが)う。其の怨みは趙に在り。臣願わくは王の魏に聞こえて悪(にく)まるる庸(こと)無からんことを、臣請う王の為に其の怨みを趙に推さん。願わくは王の陰かに趙を重んじて、秦をして王の趙を重んずるを見せしむること無からんことを。秦之を見れば且つ亦趙を重んぜん。斉・秦交々趙を重んずれば、臣必ず燕と韓・魏も亦且つ趙を重んずるを見ん、皆且つ敢えて趙と治むる莫からん。五国趙に事え、趙従親して以て秦に合せば、必ず王の為に高からん。臣故に王の天下を偏(あまね)く劫(おびやか)して、皆私かに之を甘んぜしめんと欲す。王臣をして韓・魏と燕とを以て趙を劫かさしめば、丹をして之を甘んぜしめ、趙を以て韓・魏を劫かさば、臣をして之を甘んぜしめ、三晋を以て秦を劫かさば、順をして之を甘んぜしめ、天下を以て楚を劫かさば、呡をして之を甘んぜしめん。則ち天下皆秦に偪(せま)りて以て王に事え、敢えて相い私せざらん。交わり定まりて、然る後に王択べ。」
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戦国策・齊伐宋宋急齊宋を伐ち、宋急なり。蘇代乃ち燕の昭王に書を遺りて曰く、「夫れ萬乘に列して、質を齊に寄す、名卑くして權輕し。秦・齊之が爲に宋を伐つを助け、民勞して實費ゆ。宋を破り、楚の淮北を殘い、大いに齊を肥やし、讎強くして國弱し。此の三者は、皆國の大敗なり、而して足下之を行うは、將に以て害を除き信を齊に取らんと欲すればなり。而るに齊未だ信を足下に加えず、燕を忌むこと愈甚だし。然らば則ち足下の齊に事うるや、爲す所を失えるなり。夫れ民勞して實費え、又尺寸の功無く、宋を破りて讎を肥やし、世其の禍を負わん。足下宋を以て淮北を加えば、萬乘の強國なり、而るに齊之を并せば、是れ一齊を益すなり。北夷方七百里、之に魯・衞を加うれば、此れ所謂萬乘の強國なる者なり、而るに齊之を并せば、是れ二齊を益すなり。夫れ一齊の強きすら、燕猶支うる能わず、今乃ち三齊を以て燕に臨まば、其の禍必ず大ならん。「然りと雖も、臣聞く、知者の事を舉ぐるや、禍を轉じて福と為し、敗に因りて功を成す者なりと。齊人紫は敗素なるも、賈十倍す。越王勾踐會稽に棲み、而して後に吳を殘して天下に霸たり。此れ皆禍を轉じて福と為し、敗に因りて功を為す者なり。今王若し禍を轉じて福と爲し、敗に因りて功を爲さんと欲せば、則ち齊を遙かに伯として之を厚く尊び、使いをして周室に盟わしめ、天下の秦符を盡く焚き、約して曰く、『夫れ上計は秦を破り、其の次は長く秦を賓とす』とするに如くは莫し。秦客を挾みて以て破らるるを待たば、秦王必ず之を患えん。秦五世諸侯を結び、今齊の下と爲る。秦王の志、苟くも齊を窮しむるを得ば、一國都を以て功と爲すを憚らず。然れども王何ぞ布衣の人をして、齊を窮しむるの說を以て秦に說かしめざるや。秦王に謂いて曰く、『燕・趙宋を破り齊を肥やし齊を尊びて之が下と爲る者は、燕・趙之を利とするに非ざるなり。利とせずして勢い之を爲す者は、何ぞや。秦王を信ぜざるを以てなり。今王何ぞ信ずべき者をして燕・趙を接收せしめざるや。今涇陽君若しくは高陵君をして先んじて燕・趙に於いてせしめ、秦變有らば、因りて以て質と爲さば、則ち燕・趙秦を信ぜん。秦は西帝と爲り、趙は中帝と爲り、燕は北帝と爲り、立ちて三帝と爲りて以て諸侯に令せん。韓・魏聽かずんば、則ち秦之を伐たん。齊聽かずんば、則ち燕・趙之を伐たん。天下孰か敢えて聽かざらんや。天下服聽せば、因りて韓・魏を驅りて以て齊を攻め、曰く、必ず宋地を反し、楚の淮北を歸せしめよと。夫れ宋地を反し、楚の淮北を歸すは、燕・趙の同じく利とする所なり。並びて三帝を立つるは、燕・趙の同じく願う所なり。夫れ實は利とする所を得、名は願う所を得ば、則ち燕・趙の齊を棄つるや、猶敝躧を釋つるがごとし。今王燕・趙を收めずんば、則ち齊伯必ず成らん。諸侯齊を戴きて、王獨り從わずんば、是れ國伐たるるなり。諸侯齊を戴きて、王之に從わば、是れ名卑しきなり。王燕・趙を收めずんば、名卑くして國危うし。王燕・趙を收めば、名尊くして國寧し。夫れ尊寧を去りて卑危に就くは、知者為さざるなり』と。秦王若しの說を聞かば、必ず心を刺すがごとくならん、則ち王何ぞ務めて知士をして若しの言を以て秦に說かしめざるや。秦の齊を伐つこと必ならん。夫れ秦を取るは、上交なり。齊を伐つは、正利なり。上交を尊び、正利を務むるは、聖王の事なり」と。燕の昭王其の書を善しとし、曰く、「先人嘗て德を蘇氏に有てり、子之の亂、蘇氏燕を去る。燕齊に讎を報いんと欲するに、蘇氏に非ざれば可き莫し」と。乃ち蘇氏を召し、復た善く之を待す。與に齊を伐つを謀り、竟に齊を破り、閔王出走す。
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戦国策・謂趙王曰三晉合而秦弱趙王に謂いて曰く、「三晉合すれば秦弱く、三晉離るれば秦强し、此れ天下の明らかにする所なり。秦の燕有りて趙を伐ち、趙有りて燕を伐つ、梁有りて趙を伐ち、趙有りて梁を伐つ、楚有りて韓を伐ち、韓有りて楚を伐つ、此れ天下の明らかに見る所なり。然るに山東其の路を易うる能わざるは、兵弱ければなり。弱くして相壹する能わず、是れ何ぞ楚の知にして、山東の愚かなるや。是れ臣の山東の爲に憂うる所なり。虎將に禽に即かんとするに、禽虎の己に即くを知らずして、相鬬いて兩つながら罷れ、其の死を虎に歸す。故に禽をして虎の己に即くを知らしめば、決して相鬬わじ。今山東の主秦の己に即くを知らずして、尚お相鬬いて兩つながら敝れ、其の國を秦に歸す、知禽に如かざること遠し。願わくは王熟ら之を慮れ。「今事急にす可き者有り、秦の韓・梁を伐たんと欲する、東のかた周室を闚うこと甚だし、惟だ寐ねても之を亡さんとす。今南のかた楚を攻むる者は、三晉の大いに合するを惡めばなり。今楚を攻めて休みて復た之にす、已に五年なり、地を攘うこと千餘里。今楚王に謂いて曰く、『苟くも來りて玉趾を舉げて寡人に見えば、必ず楚と兄弟の國と爲り、必ず楚の爲に韓・梁を攻め、楚の故地を反さん。』と。楚王秦の語を美とし、韓・梁の己を救わざるを怒り、必ず秦に入らん。謀有りて故に使いを趙に殺し、燕を以て趙に餌し、三晉を離す。今王秦の言を美とし、燕を攻めんと欲す、燕を攻むれば、食未だ飽かずして禍已に及ばん。楚王秦に入らば、秦・楚一と爲り、東面して韓を攻めん。韓南に楚無く、北に趙無く、韓伐たるるを待たず、馬兔を割挈して西走せん。秦韓と上交を爲さば、秦の禍安くにか梁に移らん。秦の彊を以て、楚・韓の用有らば、梁伐たるるを待たじ。馬兔を割挈して西走せば、秦梁と上交を爲さば、秦の禍案じて趙に攘らん。彊秦の韓・梁・楚を有つを以て、燕の怒りと與に、割くこと必ず深からん。國の此れを舉ぐる、臣の來たる所以なり。臣故に曰う、事急に爲す可き者有りと。「楚王の未だ入らざるに及びて、三晉相親しみ相堅くし、銳師を出だして以て韓・梁の西邊を戍らば、楚王之を聞き、必ず秦に入らじ、秦必ず怒りて循た楚を攻めん、是れ秦の禍楚を離れざるなり、三晉に便あり。若し楚王入らば、秦三晉の大いに合して堅きを見て、必ず楚王を出ださず、即ち多く割かん、是れ秦の禍楚を離れざるなり、三晉に利有り。願わくは王之を熟計すること急なれ。」趙王因りて兵を起こし南のかた韓・梁の西邊を戍る。秦三晉の堅きを見るや、果たして楚王卬を出ださずして、多く地を求む。