戦国策 / 秦二・義渠君之魏
義渠君之魏,公孫衍謂義渠君曰:「道遠,臣不得復過矣,請謁事情。」義渠君曰:「願聞之。」對曰:「中國無事於秦,則秦且燒焫獲君之國;中國為有事於秦,則秦且輕使重幣,而事君之國也。」義渠君曰:「謹聞令。」居無幾何,五國伐秦。陳軫謂秦王曰:「義渠君者,蠻夷之賢君,王不如賂之以撫其心。」秦王曰:「善。」因以文繡千匹,好女百人,遺義渠君。義渠君致群臣而謀曰:「此乃公孫衍之所謂也。」因起兵襲秦,大敗秦人於李帛之下。
新字:義渠君之魏,公孫衍謂義渠君曰:「道遠,臣不得復過矣,請謁事情。」義渠君曰:「願聞之。」対曰:「中国無事於秦,則秦且焼焫獲君之国;中国為有事於秦,則秦且軽使重幣,而事君之国也。」義渠君曰:「謹聞令。」居無幾何,五国伐秦。陳軫謂秦王曰:「義渠君者,蠻夷之賢君,王不如賂之以撫其心。」秦王曰:「善。」因以文繍千匹,好女百人,遺義渠君。義渠君致群臣而謀曰:「此乃公孫衍之所謂也。」因起兵襲秦,大敗秦人於李帛之下。
書き下し
義渠君魏に之く。公孫衍義渠君に謂いて曰わく、「道遠く、臣復た過ぐるを得ず、請う事情を謁せん。」義渠君曰わく、「願わくは之を聞かん。」對えて曰わく、「中國秦に事無くんば、則ち秦且に君の國を燒焫獲せんとす。中國秦に事有りと為さば、則ち秦且に使いを輕くし幣を重くして、君の國に事えんとす。」義渠君曰わく、「謹んで令を聞かん。」居ること幾何も無く、五國秦を伐つ。陳軫秦王に謂いて曰わく、「義渠君は、蠻夷の賢君なり、王之に賂いて以て其の心を撫するに如かず。」秦王曰わく、「善し。」因りて文繡千匹、好女百人を以て、義渠君に遺る。義渠君群臣を致して謀りて曰わく、「此れ乃ち公孫衍の謂う所なり。」因りて兵を起こして秦を襲い、大いに秦人を李帛の下に敗る。
現代語訳
義渠の君が魏へ行った。公孫衍は義渠の君に言った。「道は遠く、私はもう再びお目にかかる機会もないでしょうから、どうか国事の実情を申し上げさせてください。」義渠の君は言った。「ぜひ聞かせてほしい。」公孫衍は答えて言った。「中原諸国が秦に対して事を構えていない時は、秦はあなたの国を焼き払い奪い取ろうとするでしょう。しかし中原諸国が秦に対して事を構えている時は、秦は使者を軽んじる一方で贈り物を手厚くし、あなたの国にこびへつらうようになるでしょう。」義渠の君は言った。「謹んでその教えを心に留めておきましょう。」それからいくらも経たないうちに、五か国が秦を討った。陳軫は秦王に言った。「義渠の君は、異民族の中でも賢明な君主です。王はこの機に賄賂を贈って彼の心を懐柔するのが得策です。」秦王は言った。「よかろう。」そこで綾織りの絹布千反と美女百人を義渠の君に贈った。義渠の君は群臣を集めて相談し、言った。「これこそまさに公孫衍が言っていたことだ。」そこで兵を起こして秦を襲い、李帛のほとりで秦の軍を大いに打ち破った。
解説

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戦国策・秦敗東周秦東周を敗り、魏と伊闕に戦い、犀武を殺す。魏公孫衍をして勝ちに乗じて境に留まらしめ、辞を卑くして埊を割きて以て秦に講ぜんことを請わしむ。竇屢の為に魏王に謂いて曰わく、「臣衍の秦に聴く所以の少多を知らず、然れども臣能く衍の割くを半ばにして、秦をして王に講ぜしめん。」王曰わく、「奈何せん。」対えて曰わく、「王竇屢に関内侯を与えて、趙に令するに如かず。王其の行を重んじて之を厚く奉ぜよ。因りて揚言して曰わく、『周・魏竇屢をして魏を奉陽君に割かしめて、秦に聴かしむと聞く』と。夫れ周君・竇屢・奉陽君の穰侯に与けるは、貿首(ぼうしゅ)の仇なり。今和を行う者は、竇屢なり。割くを制する者は、奉陽君なり。太后其の穰侯に因らざるを恐れて、之を敗らんと欲し、必ず少しく割きて王に合せんことを請い、東周と魏とに和せん。」
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戦国策・秦一・楚攻魏張儀謂秦王楚魏を攻む。張儀秦王に謂いて曰わく、「魏に與して以て之を勁くするに如かず。魏戰いて勝たば、復た秦に聽き、必ず西河の外を入れん。勝たずんば、魏守る能わず、王必ず之を取らん。」王儀の言を用い、皮氏の卒萬人、車百乘を取りて、以て魏に與う。犀首威王に戰い勝つも、魏兵罷弊し、秦を恐畏し、果たして西河の外を獻ず。
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史記 張儀列伝犀首なる者は、魏の陰晋の人なり、名は衍、姓は公孫氏、張儀と善からず。張儀秦の為に魏に之き、魏王張儀を相とす。犀首利あらず、故に人をして韓の公叔に謂はしめて曰く、「張儀已に秦魏を合せり、其の言に曰く、『魏は南陽を攻め、秦は三川を攻めん』と。魏王の張子を貴ぶ所以の者は、韓の地を得んと欲すればなり。且つ韓の南陽已に挙げらる、子何ぞ少しく焉を委ねて以て衍の功と為さざる、則ち秦魏の交はり錯くべし。然らば則ち魏必ず秦を図りて儀を棄て、韓を収めて衍を相とせん」と。公叔以て便と為し、因りて之を犀首に委ねて以て功と為さしむ、果たして魏に相たり。張儀去る。義渠君魏に朝す。犀首張儀の復た秦に相たるを聞き、之を害せんとす。犀首乃ち義渠君に謂ひて曰く、「道遠くして復た過るを得ず、請ふ事情を謁せん」と。曰く、「中国事無ければ、秦得て君の国を焼掇焚杅せん。事有れば、秦将に使を軽くし幣を重くして君の国に事へんとす」と。其の後五国秦を伐つ。会々陳軫秦王に謂ひて曰く、「義渠君は、蛮夷の賢君なり、之に賂ひて以て其の志を撫するに如かず」と。秦王曰く、「善し」と。乃ち文繡千純、婦女百人を以て義渠君に遺る。義渠君群臣を致して謀りて曰く、「此れ公孫衍の所謂か」と。乃ち兵を起こして秦を襲ひ、大いに秦人を李伯の下に敗る。張儀已に卒するの後、犀首入りて秦に相たり。嘗て五国の相印を佩び、約長と為る。太史公曰く、三晋は権変の士多し、夫れ従衡を言ひて秦を彊くする者は大抵皆三晋の人なり。夫れ張儀の行事は蘇秦より甚だし、然れども世の蘇秦を悪む者は、其の先に死せるを以て、而して儀其の短を振暴して以て其の説を扶け、其の衡道を成す。之を要するに、此の両人は真に傾危の士なるかな。
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