戦国策 / 趙取周之祭地
趙取周之祭地,周君患之,告於鄭朝。鄭朝曰:「君勿患也,臣請以三十金復取之。」周君予之,鄭朝獻之趙太卜,因告以祭地事。及王病,使卜之。太卜譴之曰:「周之祭地為祟。」趙乃還之。
新字:趙取周之祭地,周君患之,告於鄭朝。鄭朝曰:「君勿患也,臣請以三十金復取之。」周君予之,鄭朝献之趙太卜,因告以祭地事。及王病,使卜之。太卜譴之曰:「周之祭地為祟。」趙乃還之。
書き下し
趙周の祭地を取る、周君これを患ひ、鄭朝に告ぐ。鄭朝曰く、「君患ふる勿かれ、臣請ふ三十金を以てこれを復た取らん」と。周君これを予ふ、鄭朝これを趙の太卜に献じ、因りて祭地の事を以て告ぐ。王病むに及び、卜せしむ。太卜これを譴めて曰く、「周の祭地祟を為す」と。趙乃ちこれを還す。
現代語訳
趙が周の祭祀用の土地を奪い取った。周君はこれを憂え、鄭朝に相談した。鄭朝は「ご心配には及びません。私が三十金でこれを取り戻してまいりましょう」と言った。周君はその金を与えた。鄭朝はそれを趙の太卜(占いを司る官)に贈り、あわせて祭地の一件を告げておいた。やがて趙王が病気になったとき、占わせることになった。太卜は王を戒めて「周の祭地の祟りです」と告げた。趙はそこでその土地を周に返した。
解説
本話は、正面からの外交交渉ではなく、相手国の占い師を買収するという裏工作によって領地を取り戻した逸話です。鄭朝は、趙が奪った祭祀用の土地の返還を求めても正攻法では応じてもらえないと見抜き、あらかじめ趙の太卜に事情を伝えて金を渡しておき、たまたま趙王が病に伏した機会を利用して「祟り」という迷信を通じて土地の返還を実現させました。当時の占いや祟りといった信仰が政治判断に実際の影響力を持っていたことがうかがえる一方、正攻法が通じない相手には、相手の内部にある権威や信念の仕組みそのものに働きかけるという、直接対決を避けた迂回的な問題解決の一例としても読めます。
この章句が説くこと
趙周鄭朝太卜祭地