呂氏春秋 / 上農⑥
然後制四時之禁:山不敢伐材下木,澤人不敢灰僇,繯網罝罦不敢出於門,罛罟不敢入於淵,澤非舟虞,不敢緣名,為害其時也。
新字:然後制四時之禁:山不敢伐材下木,沢人不敢灰僇,繯網罝罦不敢出於門,罛罟不敢入於淵,沢非舟虞,不敢縁名,為害其時也。
書き下し
然る後、四時の禁を制す。山は敢て材を伐り木を下さず、澤は敢て灰僇せず、繯網罝罦、敢て門より出ださず、罛罟、敢て淵に入れず、澤、舟虞に非ざれば、敢て縁絶せず。害を其の時に為せばなり。
現代語訳
そのうえで四季それぞれの禁令を定める。山では定めの時期以外に勝手に材木を伐り木を切り倒さず、沢では勝手に草を焼いたり刈り取ったりせず、鳥を捕らえる網(繯網・罝罦の類)を勝手に門の外へ持ち出さず、魚を捕る網(罛罟)を勝手に淵へ入れず、沢は舟の管理を司る官(舟虞)でなければ勝手にその沢辺を巡ったり横切ったりしない。いずれもその時節の生育を妨げるからである。
解説
前段の野禁に続き、ここでは季節ごとの禁令(四時の禁)が示されます。山林の伐採、沢の草の焼き払い、鳥や魚を捕る網の使用などを、定めの時期以外にはむやみに行わせないという内容で、山・沢・鳥獣・魚といった自然資源を保護する規定です。これは農本思想が単に農地だけでなく、山野河沢を含む自然全体の実りを時節に従って持続的に利用しようとしたことを示します。資源を取り尽くさず季節の循環に合わせて用いるという発想は、乱獲や環境破壊を戒める今日の持続可能性(サステナビリティ)の考え方に驚くほど通じる、先駆的な知恵だといえます。
この章句が説くこと
四時の禁山林沢繯網資源保護持続可能性
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