呂氏春秋 / 原亂①
亂必有弟,大亂五,小亂三,討亂三,故《詩》曰:「毋過亂門」,所以遠之也。慮福未及,慮禍之,所以兒之也。武王以武得之,以文持之,倒戈弛弓,示天下不用兵,所以守之也。
新字:乱必有弟,大乱五,小乱三,討乱三,故《詩》曰:「毋過乱門」,所以遠之也。慮福未及,慮禍之,所以児之也。武王以武得之,以文持之,倒戈弛弓,示天下不用兵,所以守之也。
書き下し
亂には必ず弟有り。大亂は五、小亂は三、討亂は三。故に詩に曰く、「亂門を過ること毋かれ。」之を遠ざくる所以なり。福いを慮ること未だ及ばず、禍を慮んばかること之を過ぐるは、之を兒がれんとする所以なり。武王は武を以て之を得、文を以て之を持し、戈を倒にし弓を弛め、天下に兵を用いざるを示すは、之を守る所以なり。
現代語訳
乱には必ず順序すなわち段階がある。大乱は五、小乱は三、乱を鎮めることは三度あった。だから詩に言う、「乱れた家の門を通り過ぎるな」と。これは乱を遠ざけるためである。福を思いはかることがまだ十分でないうちに、禍を思いはかることはそれを越えて手厚く行うのは、禍を免れようとするためである。武王は武によって天下を得、文によってこれを保ち、戈を逆さにし弓を緩め、天下に武力を用いないことを示したのは、天下を守るためである。
解説
この段は原乱篇の総論で、乱には必ず段階があり、大乱・小乱・鎮圧に分けて論じます。詩の乱れた家の門を通り過ぎるなを引き、災いには近づかず遠ざけよと説きます。福を願うより先に禍を深く思いはかるのは、災難を未然に免れるためです。武王が天下を得た後、武器を収めて武力放棄を示したのも、獲得よりも維持を重んじたからでした。現代でも、成功を喜ぶ以上に、起こりうる危機を先回りして備える姿勢が、組織や成果を長く守ります。得ることより保つことの難しさを見据える知恵を、この段は伝えています。
この章句が説くこと
原乱禍を慮る武王文武未然防止詩経
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