荀子 / 大略篇
諸侯召其臣,臣不俟駕,顛倒衣裳而走,禮也。《詩》曰:「顛之倒之,自公召之。」天子召諸侯,諸侯輦輿就馬,禮也。《詩》曰:「我出我輿,于彼牧矣。自天子所,謂我來矣。」
新字:諸侯召其臣,臣不俟駕,顛倒衣裳而走,礼也。《詩》曰:「顛之倒之,自公召之。」天子召諸侯,諸侯輦輿就馬,礼也。《詩》曰:「我出我輿,于彼牧矣。自天子所,謂我来矣。」
書き下し
諸侯 其の臣を召せば、臣は駕を俟たず、衣裳を顛倒して走る、礼なり。詩に曰く「之を顛し之を倒す、公 之を召せばなり」と。天子 諸侯を召せば、諸侯は輿を輦きて馬に就く、礼なり。詩に曰く「我 我が輿を出だし、彼の牧に于く。天子の所より、我に来れと謂えり」と。
現代語訳
諸侯が家臣を召し出せば、家臣は車の支度が整うのを待たず、上着と下ばかまを取り違えるほど慌てて駆けつける。それが礼である。詩経に「ひっくり返し逆さまに着る、殿からお召しがあったからだ」とある。天子が諸侯を召し出せば、諸侯は自ら車を引いて馬をつなぎに行く。それが礼である。詩経に「私は車を出して、あの牧の地へ向かう。天子のもとから、来いとのお召しがあった」とある。
解説
召し出されたときの応じ方を、詩経の句を引きながら説いた一段です。家臣は主君に呼ばれれば、車の用意を待たずに、上着と下ばかまを取り違えるほど慌てて駆け出す。諸侯は天子に呼ばれれば、供の者を待たずに自ら車を引いて馬をつなぎに行く。どちらも身なりや体裁より、応答の速さそのものが礼だと言っているのです。衣裳を顛倒するというのは滑稽なほどの慌てぶりですが、荀子はそれを笑うのではなく、礼にかなった姿として肯定しています。礼とは、堅苦しく格好をつけることではなく、相手の呼びかけにどれだけ真剣に応じるかという中身なのだ、という視点です。仕事でも、返事の早さや駆けつける速さは、どんな丁寧な言葉よりも敬意を伝えます。取り繕う時間より、まず応じる。この順序を思い出させてくれる一段です。
この章句が説くこと
召しに応じる衣裳を顛倒す応答の速さ詩経
関連する章句
-
論語・八佾篇『関雎』は楽しくして淫せず、哀しくして傷(やぶ)らず。
-
孔子家語・論禮子夏、孔子に侍坐して曰わく、「敢えて問う、詩に云う、『愷悌の君子は、民の父母』と。何如なれば斯れ民の父母と謂うべきか。」孔子曰わく、「夫れ民の父母は、必ず礼楽の源に達し、以て五至を致し三無を行い、以て天下に横たわる。四方に敗有れば、必ず先んじてこれを知る。此れを民の父母と謂う。」
-
荀子・大略篇国風の色を好むや、伝に曰く、「其の欲を盈(み)たして其の止(とど)まるを愆(あやま)らず。其の誠は金石に比すべく、其の声は宗廟に内(い)るべし」と。小雅は汙上(をじょう)に用ゐられず、自ら引きて下に居り、今の政を疾(にく)みて以て往者を思ふ。其の言に文(あや)有り、其の声に哀しみ有り。
-
荀子・宥坐篇詩に曰く、「彼の日月を瞻(み)れば、悠悠たり我が思い。道の云(ここ)に遠き、曷(いつ)か云に能く来たらん」と。子曰く、「伊(そ)れ稽首(けいしゅ)せば、其れ来たること有らざらんや」と。
-
呂氏春秋・先己④詩に曰く、「轡を執ること組の如し。」孔子曰く、「此の言を審らかにすれば、以て天下を為む可し。」子貢曰く、「何ぞ其れ躁なるや。」孔子曰く、「其の躁なるを謂うに非ざるなり。其の之を此に為めて、文を彼に成すを謂えるなり。」聖人は其の身を組修して、文を天下に成す。故に子華子曰く、「丘陵成りて、穴する者安んじ、深淵成りて魚鱉安んじ、松柏成りて塗の人已に蔭せらる。」
-
孔子家語・曲禮子貢問晋、将に宋を伐たんとし、人をして之を覘わしむ。宋の陽門の介夫死し、司城子罕之を哭して哀しむ。覘う者反りて晋侯に言いて曰く、「陽門の介夫死し、子罕之を哭して哀しむ。民咸な宋を悦ぶ、殆ど未だ伐つべからざるなり」と。孔子之を聞きて曰く、「善いかな、国を覘うか。詩に云う、『凡そ民喪有れば、匍匐して之を救う』と。子罕焉れ有り。晋国に非ずと雖も、其れ天下孰か能く之に当たらんや。是を以て周任言有りて曰く、『民其の愛を悦ぶ者は、敵すべからず』と」と。