呂氏春秋 / 愛類④
匡章謂惠子曰:公之學去尊,今又王齊王,何其到也?惠子曰:今有人於此,欲必擊其愛子之頭,石可以代之。匡章曰:公取之代乎,其不與?施取代之。子頭所重也,石所輕也。擊其所輕以免其所重,豈不可哉?匡章曰:齊王之所以用兵而不休、攻擊人而不止者,其故何也?惠子曰:大者可以王,其次可以霸也。今可以王齊王而壽黔首之命,免民之死,是以石代愛子頭也,何為不為?民寒則欲火,暑則欲冰,燥則欲溼,溼則欲燥。寒暑燥溼相反,其於利民一也。利民豈一道哉?當其時而已矣。
新字:匡章謂恵子曰:公之学去尊,今又王斉王,何其到也?恵子曰:今有人於此,欲必擊其愛子之頭,石可以代之。匡章曰:公取之代乎,其不与?施取代之。子頭所重也,石所軽也。擊其所軽以免其所重,豈不可哉?匡章曰:斉王之所以用兵而不休、攻擊人而不止者,其故何也?恵子曰:大者可以王,其次可以覇也。今可以王斉王而寿黔首之命,免民之死,是以石代愛子頭也,何為不為?民寒則欲火,暑則欲冰,燥則欲溼,溼則欲燥。寒暑燥溼相反,其於利民一也。利民豈一道哉?当其時而已矣。
書き下し
匡章、惠子に謂いて曰く、「公の學は尊を去るなり。今又齊王を王とするは、何ぞ其れ到なるや。」惠子曰く、「今人此に有り。必ず其の愛子の頭を撃たんと欲す。石以て之に代う可くんば、公は之を取りて代えんか、公其れ不らざるか。施は取りて之に代えん。子の頭は重しとする所なり、石は輕しとする所なり。其の輕しとする所を撃ちて以て其の重しとする所を免れしむれば、豈に可ならざるや。」匡章曰く、「齊王の兵を用いて休まず、人を攻撃して止まざる所以の者は、其の故何ぞや。」惠子曰く、「大なる者は以て王たる可く、其の次は以て霸たる可ければなり。今以て齊王を王として、黔首の命を壽くし、民の死を免れしむ可し。是を石を以て愛子の頭に代うるなり。何為れぞ為さざらん。」民寒ければ則ち火を欲し、暑ければ則ち冰を欲し、燥なれば則ち溼を欲し、溼なれば則ち燥を欲す。寒暑燥溼相反すれども、其の民を利するに於いては一なり。民を利するは、豈に一道ならんや。其の時に當るのみ。
現代語訳
匡章が惠子(恵施)に言った。「あなたの学説は尊位を廃することを説く。それなのに今また斉王を王として立てるのは、なんと矛盾していることか。」惠子は答えた。「今ここに、どうしても愛児の頭を打とうとする者がいる。石で代えられるなら、あなたはそれを取って代えるか、それとも代えないか。」匡章は「代える」と言う。惠子は「私(施)も取って代えよう。子の頭は大切なもの、石は軽いもの。軽いものを打たせて大切なものを守れるなら、よいではないか」と言った。匡章は「斉王が兵を用いて休まず、人を攻撃してやまないのはなぜか」と言う。惠子は「大なる者は(徳によって)王となれ、その次は(力によって)覇者となれるからだ。今、斉王を王として、民の命を長らえさせ、その死を免れさせられるなら、これは石で愛児の頭に代えるようなものだ。なぜやらないことがあろう」と答えた。民は寒ければ火を、暑ければ氷を、乾けば湿り気を、湿れば乾きを欲する。寒暑燥湿は相反するが、民を利する点では同じだ。民を利するのに一つの道しかないわけではない。その時々に応じるだけである。
解説
この章句が説くこと
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