呂氏春秋 / 開春②
魏惠王死,葬有日矣。天大雨雪,至於牛目。群臣多諫於太子者曰:「雪甚。如此而行葬,民必甚疾之,官費又恐不給。請弛期更日」太子曰:「為人子者,以民勞與官費用之故,而不行先王之葬,不義也。子勿復言。」群臣皆莫敢諫,而以告犀首。犀首曰:「吾未有以言之。是其唯惠公乎?請告惠公。」惠公曰:「諾。」駕而見太子曰:「葬有日矣。」太子曰:「然。」惠公曰:「昔王季歷葬於渦山之尾,灓水齧其墓,見棺之前和。文王曰:『譆!先君必欲一見群臣百姓也夫!故使灓水見之。』於是出而為之張朝,百姓皆見之,三日而後更葬,此文王之義也。今葬有日矣,而雪甚,及牛目,難以行,太子為及日之故,得無嫌於欲亟葬乎?願太子易日。先王必欲少留而撫社稷安黔首也,故使雨雪甚。因弛期而更為日,此文王之義也。若此而不為,意者羞法文王也?」太子曰:「甚善。敬弛期,更擇葬日。」惠子不徒行說也,又令魏太子未葬其先君而因有說文王之義。說文王之義以示天下,豈小功也哉!
新字:魏恵王死,葬有日矣。天大雨雪,至於牛目。群臣多諫於太子者曰:「雪甚。如此而行葬,民必甚疾之,官費又恐不給。請弛期更日」太子曰:「為人子者,以民労与官費用之故,而不行先王之葬,不義也。子勿復言。」群臣皆莫敢諫,而以告犀首。犀首曰:「吾未有以言之。是其唯恵公乎?請告恵公。」恵公曰:「諾。」駕而見太子曰:「葬有日矣。」太子曰:「然。」恵公曰:「昔王季歴葬於渦山之尾,灓水齧其墓,見棺之前和。文王曰:『譆!先君必欲一見群臣百姓也夫!故使灓水見之。』於是出而為之張朝,百姓皆見之,三日而後更葬,此文王之義也。今葬有日矣,而雪甚,及牛目,難以行,太子為及日之故,得無嫌於欲亟葬乎?願太子易日。先王必欲少留而撫社稷安黔首也,故使雨雪甚。因弛期而更為日,此文王之義也。若此而不為,意者羞法文王也?」太子曰:「甚善。敬弛期,更択葬日。」恵子不徒行説也,又令魏太子未葬其先君而因有説文王之義。説文王之義以示天下,豈小功也哉!
書き下し
魏の惠王死して、葬、日有り。天大いに雪雨り、牛目に至る。群臣、太子に諫むる者多し。曰く、「雪甚だし。此の如くして葬を行わば、民必ず甚だ之を疾み、官費又恐らくは給らざらん。請う、期を弛めて日を更めんことを。」太子曰く、「人の子為る者、民勞と官の費用との故を以て、先王の葬を行わざるは、不義なり。子、復た言うこと勿れ。」群臣皆敢て諫むること莫く、而して以て犀首に告ぐ。犀首曰く、「吾以て之を言うこと有る末し。是れ其れ唯だ惠公のみなるか。請う惠公に告げんことを。」惠公曰く、「諾。」駕して太子に見えて曰く、「葬、日有り。」太子曰く、「然り。」惠公曰く、「昔、王季歷、渦山の尾に葬られ、灓水、其の墓を齧み、棺の前和を見わす。文王曰く、『譆、先君必ず一たび群臣百姓を見んことを欲するかな。故に灓水をして之を見わさしむ。』是に於て出だして之が為に朝を張り、百姓皆之を見る。三日にして後更めて葬る。此れ文王の義なり。今、葬、日有り。而して雪甚だしく、牛目に及び、以て行い難し。太子、日に及ばんが為の故に、亟やかに葬らんと欲するに嫌い無きを得んや。願わくは、太子日を易えんことを。先王必ず少く留まりて、社稷を撫し黔首を安んぜんことを欲するなり。故に雪を雨ること甚だしからしむ。因りて期を弛めて更めて日を為さば、此れ文王の義なり。此の若くして為さざるは、意者に文王に法るを羞づるか。」太子曰く、「甚だ善し。敬みて期を弛め、更めて葬日を擇ばん。」惠子は徒に說を行うのみにあらざるなり。又魏の太子をして未だ其の先君を葬らざらしめ、而して因りて有た文王の義を説き、文王の義を説きて以て天下に示せり。豈に小功ならんや。
現代語訳
魏の恵王が死に、埋葬の日が決まっていた。ところが大雪が降り、積雪は牛の目の高さに達した。多くの家臣が太子を諫めて言った。「雪がひどい。このまま葬儀を行えば民は苦しみ、費用も足りなくなりましょう。日延べを願います。」太子は「人の子として、民の苦労や費用を理由に先王の葬儀を延ばすのは不義だ。二度と言うな」と拒んだ。家臣たちは犀首に相談し、犀首は恵公に頼んだ。恵公は太子に会い、昔、王季歴の墓が水に浸されて棺が現れたとき、文王が「先君は今一度群臣百姓に会いたいのだ」と考えて三日間人々に会わせてから改めて葬った故事を語り、「今の大雪も先王がしばし留まって社稷と民を安んじたいとの思し召し。日を改めれば文王の義にかなう。行わなければ文王に倣うのを恥じることになる」と説いた。太子は「まことに善い」と日延べに従った。恵子はただ弁説を行っただけでなく、太子に文王の義を説き、それを天下に示した。どうして小さな功績であろうか。
解説
この章句が説くこと
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『翁問答』上卷之本此宝は天に在ては天の道となり、地に在ては地の道となるは、元来名はなき物なれ共、衆生に教へ示さん為めに、昔しの聖人其光景をかたどりて、孝と名付け玉ふ、夫よりこの方愚痴不肖の賤男賤女に至る迄も、其名をば知ると云共、其真実の道理は、老師宿儒知見抜群の人さへ悟り得る事稀なり、然る故に世俗孝は親に事ふる一事となして、浅近の道理なりと思へり、孔子嘆かはしく思召して、万世の盲聾を開かん為めに、孝徳神妙不測広大深遠にして、無始無終の神道を孝経に発明し玉ふ、孝徳の感通を手近く名付け言へば、愛敬の二字に極まれり、愛は懇に親しむ心なり、敬は上をうやまひ下を軽しめ侮らざる義なり、孝は譬へば明なる鏡の如し、向ふ物の形と色とに因て、鏡の中の影は品々かはれ共、明らかに写す鏡の体は同じ者なり、其如く父子君臣の人倫に相交ることは、千々万々品変れ共、愛敬の至徳は通せざる所なし、
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『徂徠先生答問書』卷中一孝行の儀御尋に候。成程聖人の教には孝弟忠信を中庸の徳行と名付け、是を貴賤によらず人たる者の勤め行ふべき事といたし申候。君子の道も、是を土台にいたし不申候得ば、高きにのぼるに楷梯なきがごとくに御座候。舜の契を司徒の官になされ、五倫を教へしめ給ふも、孔子の民に中庸の徳なき事を御なげき被成候も同意にて御座候。孝は父母によくつかへ候事、弟は兄長によくつかへ候事、忠は君につかゆるにても、又たれにても、人のためになし候事をば我身の事のごとくに如在なく身にかけ申候事に候。信と申候は、朋友其外あまねくの人にまじはり申候には言語を慎み偽り違候事なきやうに致し候を申候。是にて父母兄弟君臣朋友の道こもり申候故、五倫と申候も、中庸と申候も、孝弟忠信と申候も、ひとつ事にて御座候。
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『翁問答』上卷之本体充問曰庶人の孝行はいかゞ。師の曰農工商何れも其所作を能勤め怠らず財穀を貯へ、むざと費やさず身持心立能慎み、公儀を恐れて法度に背かず、我身子の事をば第二とし、父母の衣服食物を第一に思ひ入、心力を尽して及ぬきはをも調へて父母の受悦ぶ様にもてなして能く養ふは庶人の孝なり。体充問曰五等の孝の内、只庶人に計り父母を養ふと説給ふは、如何なる故にて候や。師の曰士より上は財乏しからず養ふ事は云ふに及はず、庶人は財乏しくして、充分に心を苦しめ力を尽さゞれば、衣服食物足らざる故に、庶人に計り養ひを説給ふ五等皆其位の内にて第一重き所を取りて、説給ふ道理は皆相通するなり、能く体認すべし。
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尚書・君陳王若(かく)のごとく曰く、「君陳よ、惟れ爾令徳にして孝恭なり。惟れ孝にして、兄弟に友に、克く有政に施す。汝に命じて茲の東郊を尹(をさ)めしむ、敬せよや。昔周公万民を師保し、民其の徳を懐く。往きて乃の司を慎み、茲に厥の常に率へ。懋めて周公の訓を昭らかにせば、惟れ民其れ乂まらん。我聞く、曰く、
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論語・為政篇孟武伯孝を問う。子曰く、「父母は唯其の疾(やまい)を之憂う。」
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『十善法語』巻第五・不綺語戒若或ハ父母カ悪事ニ随順シテ止ヌコトアレハ。此ハ変ト知ヘシ。其時ニハ事ノ軽重。時ノ進不ヲ斟酌スヘキコトシヤ。自心ノ及ハヌ処ハ。智者明師ノ指示ヲ受ルガヨイ。要ヲ取テ云ハ。此孝道。思惟度量シテ別ニムツカシキ一法ヲ造作スルナラス。唯子タル者ノ平生安ンスル処。コレヲ孝ノ道ト云。何故ニ如是ソ。此父母コレ我自性善根ノ開発セル儀シヤ。若業障深キ衆生ハ父母ノ名字タモ聞コトナラヌシヤ。梵網経ニ。若有犯者不得現身発菩提心。乃至二却三却不聞父母三宝名字トアル。余経ニ。夢ニ父母師僧ヲミル。皆福分ノアル処ト云。魚ノ水中ニ游フ如ク。鳥ノ空中ニ飛カ如ク。孝子順孫ノ父母王母ノ膝下ニアル。此ニ同シ。実実ニカクノ如クナラバ。地中ニ金一釜ヲ得ズトモ或ハ冬時筍ヲ得ストモ。孝道全トス。世ニ不孝ノ子アル。或ハ功利名誉ニ蔽ハル。或ハ博奕婬酒ニ蔽ハル。ミナ宿悪深重ノナス所ト知ルヘキシヤ。

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