呂氏春秋 / 達鬱②
周厲王虐民,國人皆謗。召公以告曰:「民不堪命矣。」王使衛巫監謗者,得則殺之。國莫敢言,道路以目。王喜,以告召公曰:「吾能弭謗矣。」召公曰:「是障之也,非弭之也。防民之口,甚於防川;川壅而潰,敗人必多。夫民猶是也。是故治川者決之使導,治民者宣之使言。是故天子聽政,使公卿列士正諫,好學博聞獻詩,矇箴師誦,庶人傳語,近臣盡規,親戚補察,而後王斟酌焉。是以下無遺善,上無過舉。今王塞下之口,而遂上之過,恐為社稷憂。」王弗聽也。三年,國人流王於彘。此鬱之敗也。鬱者,不陽也。周鼎著鼠,令馬履之,為其不陽也。不陽者,亡國之俗也。
新字:周厲王虐民,国人皆謗。召公以告曰:「民不堪命矣。」王使衛巫監謗者,得則殺之。国莫敢言,道路以目。王喜,以告召公曰:「吾能弭謗矣。」召公曰:「是障之也,非弭之也。防民之口,甚於防川;川壅而潰,敗人必多。夫民猶是也。是故治川者決之使導,治民者宣之使言。是故天子聴政,使公卿列士正諫,好学博聞献詩,矇箴師誦,庶人伝語,近臣尽規,親戚補察,而後王斟酌焉。是以下無遺善,上無過舉。今王塞下之口,而遂上之過,恐為社稷憂。」王弗聴也。三年,国人流王於彘。此鬱之敗也。鬱者,不陽也。周鼎著鼠,令馬履之,為其不陽也。不陽者,亡国之俗也。
書き下し
周の厲王、民を虐げ、國人皆謗る。召公以て告げて曰く、「民、命に堪えず。」王、衛の巫をして謗る者を監せしめ、得れば則ち之を殺す。國敢て言うもの莫く、道路目を以てす。王喜びて、以て召公に告げて曰く、「吾能く謗りを弭めたり。」召公曰く、「是れ之を障ぐなり、之を弭むるに非ざるなり。民の口を防ぐは、川を防ぐよりも甚だし。川壅がりて潰ゆれば、人を敗ること必ず多し。夫れ民は猶ほ是のごときなり。是の故に川を治むる者は之を決して導かしめ、民を治むる者は之を宣べて言わしむ。是の故に天子は政を聽けば、公卿列士をして正諫し、好學博聞をして詩を獻じ、矇をして箴し師をして誦し、庶人をして傳語し、近臣をして規を盡くし、親戚をして察を補せしめ、而る後王、焉を斟酌す。是を以て下に遺善無く、上に過舉無し。今、王、下の口を塞ぎて、上の過ちを遂ぐ。恐らくは社稷の憂いと為らん。」王聽かざるなり。三年にして、國人、王を彘に流す。此れ鬱の敗なり。鬱とは陽ならざるなり。周の鼎、鼠を著わし、馬をして之を履ましむ。其の陽ならざるが為なり。陽ならざる者は、亡國の俗なり。
現代語訳
周の厲王が民を虐げ、国人はみな謗った。召公が告げて「民は命令に堪えられません」と言った。王は衛の巫者に謗る者を監視させ、見つければ殺した。国じゅう誰も口をきけず、道で目配せするだけになった。王は喜び、召公に告げて「私は謗りを止めさせられた」と言った。召公は言った、「これは口をふさいだのであって、止めさせたのではありません。民の口をふさぐのは、川をせき止めるより危険です。川がふさがって決壊すれば、傷つく人は必ず多い。民もこれと同じです。だから川を治める者は流れを切り開いて導き、民を治める者は思いを述べさせて言わせるのです。だから天子は政を聴くとき、公卿・列士に諫めさせ、博識の者に詩を献じさせ、盲目の楽師に箴言を誦えさせ、庶民に言葉を伝えさせ、近臣に規諫を尽くさせ、親族に補佐監察させ、そのうえで王が斟酌します。こうして下に見落とされた善はなく、上に過った行いもないのです。今、王は下の口をふさいで上の過ちを押し通しています。恐らく社稷の憂いとなりましょう」。王は聴かなかった。三年後、国人は王を彘に追放した。これが鬱の失敗である。鬱とは陽でないことだ。周の鼎に鼠を描き、馬にそれを踏ませたのは、それが陽でないからだ。陽でないものは、亡国の風俗である。
解説
この章句が説くこと
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葉隠・聞書第一或人(あるひと)覚悟の体(てい)覚書に、主君の身辺(しんぺん)勤むる者は別けて身持(みもち)覚悟慎むべきことなり。御側(おそば)の者の様子を見て、主人のたけを人が積(つも)るものなり。今は御機嫌悪し、序(つい)でになどと思うて居る内に、不図(ふと)御誤(おんあやまり)もあるべきことなり。又諫言(かんげん)は時を移さず申し上ぐべきことなり。仰せ出(いで)済みて後も、其の者に理を附け、少しづつもよき様に云いなせば、帰参(きさん)も早きものなり。又仕合せ(しあわせ)よき人には、無音(ぶいん)しても苦しからず、侍の義理なり。又科人(とがにん)をわろく云うは不義理の事なり。落ちぶれたる者には随分不憫(ふびん)を加え、何とぞ立ち直す様に致すべきこと、侍の義理なりと、これあり候。
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葉隠・聞書第一御縁組(ごえんぐみ)の時、何某(なにがし)一分(いちぶん)を申し達し候。この事、若き衆(しゅう)よく心得(こころえ)置くべき事なり。その身(み)気味(きみ)よく思うて、云(い)ふべき事を云うて腹切(はらき)りても本望(ほんもう)と思ふべし。よくよく了簡(りょうけん)候へ、何の益(えき)にも立たぬ事なり。我(われ)かやうの事を云うて腹切りても本望と思ふは、なるほど聞(きこ)えたり。曲者(くせもの)などと思ふは以(もっ)ての外(ほか)なる取違(とりちが)ひなり。まづ申し出でたる事その詮(せん)なく、我が身は引き取り、御養育(ごよういく)も仕(つかまつ)らず、追付(おっつ)け御死去(ごしきょ)なされ候に、御看病(ごかんびょう)も仕らず、残念千万(ざんねんせんばん)なり。気過(きす)ぎなる人は多分(たぶん)誤(あやま)る所なり。総(そう)じてその位(くらい)に至らずして諫言(かんげん)するは却(かえ)つて不忠(ふちゅう)なり。誠(まこと)の者ならば、我が存(ぞん)じ寄りたる事を似合(にあ)ひたる人に潜(ひそ)かに内談(ないだん)して、その人の思ひ寄りにさせて云へば、その事調(ととの)はるなり。これ忠節(ちゅうせつ)なり。もし、内談にてその人請(う)け合はずば、また外(ほか)の人にも内談し、とかく色々心遣(こころづか)ひをして、その事さへ調はるる様にすれば、大忠節(だいちゅうせつ)も知れぬ様にして居るものなり。幾人(いくにん)に内談しても、埒(らち)明かざる時は力に及ばず、その分(ぶん)にて打ち過ぎ、または起こし立て起こし立てすれば、多分叶(かな)ふものなり。我こそ曲者と云はるる名聞(みょうもん)ばかりにて、我が手柄(てがら)にするゆゑ調はざるなり。申し出でたる事益には立たず、人に難(なん)ぜられ、我が身を崩(くず)したる人数多(あまた)これあるなり。畢竟(ひっきょう)真(しん)の志(こころざし)なきゆゑなり。我が身を一向(いっこう)に捨て捨てて、主君の上(うえ)どうなりとも好き様にとさへ思へば、紛(まぎ)るる事はこれなく候なり。
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葉隠・聞書第一主人に諫言(かんげん)をするに色々あるべし。志(こころざし)の諫言は、脇(わき)に知れぬ様にするなり。御気(おんき)にさからわぬ様にして御癖(おんくせ)を直し申すものなり。細川頼之(ほそかわよりゆき)が忠義などなり。昔、御道中にて、御年寄(おとしより)何某(なにがし)承り、「某(それがし)、一命を捨てて申し上ぐべく候。段々御延引(ごえんいん)の上に脇寄(わきよ)りなど遊ばされ候節(せつ)、以ての外(ほか)然(しか)るべからず候。」と、諸人(しょにん)に向かい、「御暇乞(おいとまごい)仕り候。」と詞(ことば)を渡し、行水(ぎょうずい)、白帷子(しろかたびら)下着(したぎ)にて御前(ごぜん)へ罷出(まかりい)でられ、追付(おっつけ)退出、また諸人に向かい、「拙者(せっしゃ)申し上げ候儀、聞召(きこしめ)し分けられ本望至極(ほんもうしごく)、皆様へ一度御目に懸(かか)り候儀、不思議の仕合(しあわ)せ。」など広言(こうげん)申され候。これ皆、主人の非を顕(あらわ)し、我が忠を揚げ、威勢(いせい)を立つる仕事なり。多分、他国者(たこくもの)にこれあるなり。
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葉隠・聞書第一諫言(かんげん)の道に、我(われ)其の位(くらい)にあらずば、其の位の人に言はせて、御誤(おあやまり)直(なお)る様にするが大忠(たいちゅう)なり。此の階(かい)の為に諸人(しょにん)と懇意(こんい)する所なり。我が為にすれば追従(ついしょう)なり。一方(いっぽう)は我等(われら)荷(にな)ひ申す心入(こころいれ)からなり。成程(なるほど)なるものなり。
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