呂氏春秋 / 離謂①
──言者,以諭意也。言意相離,凶也。亂國之俗,甚多流言,而不顧其實,務以相毀,務以相譽,毀譽成黨,眾口熏天,賢不肖不分,以此治國,賢主猶惑之也,又況乎不肖者乎?惑者之患,不自以為惑,故惑惑之中有曉焉,冥冥之中有昭焉。亡國之主,不自以為惑,故與桀、紂、幽、厲皆也。然有亡者國,無二道矣。
新字:──言者,以諭意也。言意相離,凶也。乱国之俗,甚多流言,而不顧其実,務以相毀,務以相誉,毀誉成党,眾口熏天,賢不肖不分,以此治国,賢主猶惑之也,又況乎不肖者乎?惑者之患,不自以為惑,故惑惑之中有暁焉,冥冥之中有昭焉。亡国之主,不自以為惑,故与桀、紂、幽、厲皆也。然有亡者国,無二道矣。
書き下し
言とは以て意を諭すなり。言意相離るるは、凶なり。亂國の俗は、甚だ流言多くして、其の實を顧みず、務めて以て相毀り、務めて以て相譽め、毀譽、黨を成し、衆口、天を熏し、賢不肖分かたれず。此を以て國を治むれば、賢主も猶ほ之に惑うなり。又況んや不肖者に乎いてをや。惑者の患いは、自ら以て惑えりと爲さず。故に惑惑の中に曉る有り、冥冥の中に昭らかなる有り。亡國の主は、自ら以て惑えりと爲さず。故に桀・紂・幽・厲と皆にするなり。然らば亡者有るの國は、二道無し。
現代語訳
言葉とは意味を伝えるものである。言葉と意味が食い違うのは、凶である。乱れた国の風俗は、流言が甚だしく多く、その実態を顧みず、こぞって互いをけなし、こぞって互いをほめ、けなしとほめが党派を成し、多くの口が天をいぶすほど盛んで、賢者と愚者が区別できない。これで国を治めれば、賢明な君主でさえ惑わされる。まして愚かな者はなおさらである。惑う者の困ったところは、自分では惑っていると思わないことだ。だから惑いの中にも悟る者があり、暗闇の中にも明らかに見る者がある。国を滅ぼす君主は、自分では惑っていると思わない。だから桀・紂・幽王・厲王と同類なのである。とすれば、滅びる国には、二つの道はない。
解説
この段は離謂篇の総論で、言葉と実態の乖離がもたらす害を説きます。乱れた国では根拠のない噂が飛び交い、けなし合いとほめ合いが党派を作り、実態を確かめないまま賢愚が入り混じります。要点は、惑わされている当人ほど自分の惑いに気づかないということです。桀紂のような亡国の君主も、みずからを惑っているとは思っていませんでした。情報が氾濫し評判が独り歩きする状況への警鐘が背景にあります。現代のSNS社会でも、真偽を確かめぬ言葉が世論を動かし、当事者は自分の偏りに気づきにくいものです。言葉と事実の一致を常に確かめる姿勢が、判断を誤らない鍵だと教える一段です。
この章句が説くこと
離謂流言毀誉党派言意相離亡国
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