呂氏春秋 / 離謂②
鄭國多相縣以書者。子產令無縣書,鄧析致之。子產令無致書,鄧析倚之。令無窮,則鄧析應之亦無窮矣。是可不可無辨也。可不可無辨,而以賞罰,其罰愈疾,其亂愈疾,此為國之禁也。故辨而不當理則偽,知而不當理則詐,詐偽之民,先王之所誅也。理也者,是非之宗也。
新字:鄭国多相県以書者。子産令無県書,鄧析致之。子産令無致書,鄧析倚之。令無窮,則鄧析応之亦無窮矣。是可不可無弁也。可不可無弁,而以賞罰,其罰愈疾,其乱愈疾,此為国之禁也。故弁而不当理則偽,知而不当理則詐,詐偽之民,先王之所誅也。理也者,是非之宗也。
書き下し
鄭國、相縣くるに書を以てする者多し。子產令して書を縣くること無からしむ。鄧析之を致す。子產令して書を致すこと無からしむ。鄧析之を倚す。令窮まること無ければ、則ち鄧析之に應ずるも亦た窮まること無し。是れ可と不可と辨ずること無きなり。可と不可と辨ずること無くして、以て賞罰すれば、其の罰愈々疾く、其の亂愈々疾し。此れ國を爲むるの禁なり。故に辨なれども理に當らざれば則ち偽なり。知なれども理に當らざれば則ち詐なり。詐偽の民は、先王の誅する所なり。理なる者は、是非の宗なり。
現代語訳
鄭の国では、互いに文書を掲げて意見を主張する者が多かった。子産は文書を掲げることを禁じた。すると鄧析は文書を人に手渡して届けさせた。子産が文書を届けることを禁じると、鄧析はそれを物に寄せ掛けて示した。禁令が尽きなければ、鄧析がそれに応じる手も尽きない。これは可と不可の区別がないということである。可否の区別がないまま賞罰を行えば、罰が激しくなるほど乱れも激しくなる。これは国を治める上で禁物である。だから、弁が立っても道理に合わなければ偽りであり、知恵があっても道理に合わなければ詐術である。詐術と偽りの民は、いにしえの王が誅した者である。道理こそ、是非の根本である。
解説
この章句が説くこと
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『韓非子』用人第二十七罪は甲に生じて、禍は乙に帰すれば、伏怨乃ち結ぶ。故に至治の国は、賞罰有りて喜怒無し、故に聖人極まる。
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