呂氏春秋 / 愼勢①
──失之乎數,求之乎信,疑。失之乎勢,求之乎國,危。吞舟之魚,陸處則不勝螻蟻。權鈞則不能相使,勢等則不能相并,治亂齊則不能相正,故小大、輕重、少多、治亂不可不察,此禍福之門也。
新字:──失之乎数,求之乎信,疑。失之乎勢,求之乎国,危。呑舟之魚,陸処則不勝螻蟻。権鈞則不能相使,勢等則不能相并,治乱斉則不能相正,故小大、軽重、少多、治乱不可不察,此禍福之門也。
書き下し
之を數に失いて、之を信に求むれば疑い、之を勢に失いて、之を國に求むれば危うし。吞舟の魚も、陸處すれば則ち螻蟻に勝たず。權鈞しければ則ち相使うこと能わず。勢等しければ則ち相并わすこと能わず。治亂齊しければ則ち相正すこと能わず。故に小大・輕重・少多・治亂は察せざる可からず。此れ禍福の門なり。
現代語訳
臣下を統御する術を失っておきながら、それを臣下の信義に求めれば、事は疑わしくなる。権勢を失っておきながら、それを君主の地位そのものに求めれば、危うくなる。舟をまるのみにするほどの大魚も、陸に上がってしまえば、けらやありにさえかなわない。権力が互角であれば互いに使うことはできず、勢いが等しければ互いに併合することはできず、治まり具合が同じであれば互いに正すことはできない。だから、小と大、軽と重、少と多、治と乱は、よく見きわめずにはいられない。これこそ禍いと幸いの分かれる門である。
解説
愼勢篇のこの段は、統治を支えるのは臣下の信義や君主という名目ではなく、実質的な勢すなわち権勢や力の差であると説き起こします。舟をのむ大魚も陸では蟻に負けるという比喩で、勢いを失えばどんな強者も無力になることを示します。権力・勢い・治乱が互角では互いに動かせないのだから、大小・軽重の差をよく見きわめよ、それが禍福の分かれ目だというのです。組織を動かすのは肩書や善意でなく実質的な力関係だという冷徹な認識は、権限や資源の非対称性が主導権を左右するという、現代の組織政治や交渉論にも通じる現実的な洞察です。
この章句が説くこと
慎勢勢権勢統御術吞舟の魚呑舟の魚
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