呂氏春秋 / 任數④
孔子窮乎陳、蔡之間,藜羹不斟,七日不嘗粒,晝寢。顏回索米,得而爨之,幾熟。孔子望見顏回攫其甑中而食之。選間,食熟,謁孔子而進食。孔子佯為不見之。孔子起曰:「今者夢見先君,食潔而後饋。」顏回對曰:「不可。嚮者煤室入甑中,棄食不祥,回攫而飯之。」孔子歎曰:「所信者目也,而目猶不可信;所恃者心也,而心猶不足恃。弟子記之,知人固不易矣。」故知非難也,孔子之所以知人難也。
新字:孔子窮乎陳、蔡之間,藜羹不斟,七日不嘗粒,昼寝。顏回索米,得而爨之,幾熟。孔子望見顏回攫其甑中而食之。選間,食熟,謁孔子而進食。孔子佯為不見之。孔子起曰:「今者夢見先君,食潔而後饋。」顏回対曰:「不可。嚮者煤室入甑中,棄食不祥,回攫而飯之。」孔子歎曰:「所信者目也,而目猶不可信;所恃者心也,而心猶不足恃。弟子記之,知人固不易矣。」故知非難也,孔子之所以知人難也。
書き下し
孔子、陳・蔡の間に窮す。藜羹斟まず。七日粒を嘗めず。晝寢す。顏回、米を索め、得て之を爨ぎ、幾ど熟す。孔子、顏回の其の甑中より攫みて之を食うを望見す。選間ありて、食熟す。孔子に謁して食を進む。孔子佯りて之を見ざると為す。孔子起ちて曰く、「今者、夢に先君に見ゆ。食潔くして後に饋めよ。」顏回對えて曰く、「不可なり。嚮者に煤炱、甑中に入る。食を棄つるは不祥なれば、回攫みて之を飯えり。」孔子歎じて曰く、「信ずる所の者は目なり、而れども目猶ほ信ず可からず。恃む所の者は心なり、而れども心猶ほ恃むに足らず。弟子、之を記せよ。人を知るは固より易からず。」故より知ることは難きに非ざるなり。孔子の人を知る所以は難きなり。
現代語訳
孔子が陳と蔡の間で行き詰まった。あかざの汁も口にできず、七日間米粒も味わえず、昼寝をしていた。弟子の顔回が米を探し求め、手に入れて炊ぎ、もう炊き上がろうとしていた。孔子は、顔回がその甑の中から飯をつかんで食べるのを遠くから見た。しばらくして飯が炊き上がり、孔子のもとへ来て食事を差し出した。孔子はわざと見なかったふりをして、立ち上がって言った。今しがた夢で亡き父祖にお会いした。まず清らかな飯を供えてから、あらためて勧めてくれ、と。顔回は答えた。いけません。先ほどすすが甑の中に入りました。食べ物を捨てるのは縁起が悪いので、私がそこをつかんで食べてしまったのです、と。孔子は嘆いて言った。信じるよりどころは目だが、その目でさえ信じきれない。頼みとするのは心だが、その心でさえ頼みきれない。弟子たちよ、これを覚えておけ。人を知ることは、まことに容易ではないのだ、と。だから、知ること自体が難しいのではない。あの孔子でさえ人を知るのは難しかったのである。
解説
この章句が説くこと
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論語 雍也篇哀公問弟子孰為好學。孔子對曰:有顏回者好學。不遷怒,不貳過。不幸短命死矣。今也則亡,未聞好學者也。
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中庸子曰:「回之為人也,擇乎中庸,得一善,則拳拳服膺而弗失之矣。」
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