史記 / 孔子世家
顔回入りて見ゆ。孔子曰、回、吾が道非なるか、吾何為れぞ此に於てする。顔回曰、夫子の道至って大なり、故に天下能く容るる莫し。然りと雖も、夫子推して之を行ふ、容れられざるも何ぞ病まん、容れられずして然る後に君子を見る。夫れ道の脩まらざるは、是れ吾が醜なり。夫れ道既に已に大いに脩まりて用ゐられざるは、是れ国を有つ者の醜なり。容れられずして然る後に君子を見ると。孔子欣然として笑ふ。
書き下し
顔回入りて見ゆ。孔子曰く、「回、吾が道非なるか、吾何為れぞ此に於てする」と。顔回曰く、「夫子の道至って大なり、故に天下能く容るる莫し。然りと雖も、夫子推して之を行ふ、容れられざるも何ぞ病まん、容れられずして然る後に君子を見る。夫れ道の脩まらざるは、是れ吾が醜なり。夫れ道既に已に大いに脩まりて用ゐられざるは、是れ国を有つ者の醜なり。容れられずして然る後に君子を見る」と。孔子欣然として笑ふ。
現代語訳
「世に受け入れられないことを、恥じたり嘆いたりしない——受け入れられないときにこそ、真価が現れる」——愛弟子・顔回が、師の問いに答えた、この対話の白眉です。窮地の中、孔子は、最も信頼する弟子・顔回にも、同じ問いを発しました。「私の道は、間違っているのだろうか。なぜ、こんな目に遭うのか」と。顔回の答えは、他の弟子とは、まったく次元の違うものでした。「先生の道は、あまりに大きく、理想が高いので、天下の誰も、受け入れることが、できません。しかし——それが、どうしたというのでしょう。先生は、(受け入れられなくとも、)その道を、押し進めて、実践しておられる。受け入れられなくとも、少しも、気に病むことは、ありません(不容何病)。いや、むしろ、(世に安易に)受け入れられないでいて、はじめて、(そこに、道を曲げない)真の君子の姿が、現れるのです(不容然後見君子)」と。そして、顔回は、責任の所在を、鮮やかに切り分けます。「そもそも、(自分たちの)道が、(きちんと)修まっていないのであれば、それは、我々(道を修める側)の恥です。しかし、道が、すでに、十分に修まっているのに、それが、世に用いられないのであれば、それは、(その優れた道を、用いようとしない、)国を治める者の側の、恥なのです(道既大修而不用、是有國者之醜也)」と。我々は、道を修めるという本分を、十分に尽くしている。それを用いないのは、世の側の落ち度だ。だから、我々が恥じることは、何もない、と。この答えを聞いて、孔子は、心から喜んで、にっこりと、笑ったのです。ここに、受容と真価についての教訓があります。第一に、世に受け入れられないことを、恥じたり、嘆いたりする必要はないということ(不容何病)。むしろ、安易に受け入れられず、それでもなお、道を曲げずに貫くときにこそ、その人の真価(君子)が、現れる(不容然後見君子)。第二に、責任の切り分け。自分が、なすべき本分(道を修めること)を、きちんと尽くしていないなら、それは、自分の恥。しかし、本分を十分に尽くしているのに、それが認められ、活かされないなら、それは、認めない、活かさない、周囲・世の側の問題である(是有國者之醜也)。自分の責任と、他者の責任を、混同しない。第三に、だからこそ、受容の有無に一喜一憂せず、自らの本分を尽くすことに、専念すること。組織や人生で、受け入れられないことを恥じたり嘆いたりせず貫くときにこそ真価が現れると知ること、自分が本分を尽くしているかと周囲が活かすかを切り分けること、そして受容の有無に一喜一憂せず本分を尽くすことに専念すること——顔回の答えは、世に容れられずとも揺るがぬ、気高い自負のあり方を教えます。