呂氏春秋 / 審分④
王良之所以使馬者,約審之以控其轡,而四馬莫敢不盡力。有道之主,其所以使群臣者亦有轡。其轡何如?正名審分,是治之轡已。
新字:王良之所以使馬者,約審之以控其轡,而四馬莫敢不尽力。有道之主,其所以使群臣者亦有轡。其轡何如?正名審分,是治之轡已。
書き下し
王良の馬を使う所以の者は約なり。之を審らかにして以て其の轡を控けば、而ち四馬敢て力盡くさざる莫し。有道の主、其の群臣を使う所以の者も亦た轡有り。其の轡や何如。名を正し分を審らかにする、是れ治の轡のみ。
現代語訳
名御者の王良が馬を御することができるのは、手綱さばきを的確に定めているからで、それをよく見きわめて手綱を操れば、四頭の馬はどれも力を尽くさずにはいられない。道を体得した君主が多くの臣を使う手立てにも、やはり手綱がある。その手綱とは何か。名を正し、職分を明らかにすること、これこそ政治の手綱にほかならない。
解説
ここでは統治の要諦を手綱に喩え、その正体が正名審分すなわち名を正し分を明らかにすることだと明かします。名御者の王良が的確な手綱さばきで四頭立ての馬に全力を出させるように、有道の君主は名分と職分を正すことで多くの臣を自在に動かすというのです。審分覽全体の主題である分の思想が、ここで具体的な統治技術として集約されています。役割と評価基準を明確に定めることが人を動かす要になるという指摘は、目標設定や職務定義によって組織を機能させる現代のマネジメント論とも響き合います。
この章句が説くこと
正名審分轡王良統治術職務定義有道の主
関連する章句
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呂氏春秋・審分①凡そ人主は必ず分を審らかにし、然る後治以て至る可く、姦偽邪辟の塗以て息む可く、惡氣苛疾自りて至る無し。夫れ身を治むると國を治むるとは、一理の術なり。今衆を以て地する者、公作すれば則ち遲し、其の力を匿す所有ればなり。地を分かたば則ち速やかなり。匿遲する所無ければなり。主も亦た地有り。臣主、地を同じうすれば、則ち臣は其の邪を匿す所有り、主は其の累を避くる所無し。
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呂氏春秋・審分⑥今、此に人有り、牛を求むるに則ち馬と名び、馬を求むるに則ち牛と名べば、求むる所必ず得ず。而るに因りて威怒を用うれば、有司必ず誹怨し、牛馬必ず擾亂す。百官は、衆有司なり。萬物は、群牛馬なり。其の名を正さず、其の職を分かたずして、數々刑罰を用うれば、亂焉より大なるは莫し。夫れ說くに智通を以てして實たすに遇悗を以てし、譽むるに高賢を以てして充つるに卑下を以てし、贊するに潔白を以てして隨うに汙德を以てし、任ずんるに公法を以てして處るに貪枉を以てし、用うるに勇敢を以てして堙つるに罷怯を以てす。此の五者は、皆牛を以て馬と為し、馬を以て牛と為す、名正しからざるなり。故に名正しからざれば、則ち人主、憂勞勤苦して、官職、煩亂悖逆す。國の亡ぶるや、名の傷わるるや、此れ從り生ず。之を白くせんとして顧って黑を益し、之を求めんとして愈々得ざるは、其れ此の義か。故に至治の務は、名を正すに在り。名正しければ則ち人主、憂勞せず。憂勞せざれば則ち其の耳目の主を傷わず。問いて詔げず、知りて為さず、和して矜らず、成して處らず。止まる者は行らしめず、行る者は止めず、形に因りて之に任ず。物に制せられず、肯て使と為ること無く、清靜にして以て公、神は六合に通じ、德は海外に耀き、意は無窮に觀れ、譽は無止に流る。此を之れ性を大湫に定むと謂う。之を命づけて無有と曰う。故に路を得て人を忘るれば、乃ち大いに人を得るなり、夫れ其れ道とするに非ずや。德を知り知を忘るれば、乃ち大いに知を得るなり。夫れ其れ德とするに非ずや。至知は幾せず、靜なれば乃ち幾を明らかにするなり。夫れ其れ明ならずや。大明は小事せず。假なれば乃ち事を理むるなり。夫れ其れ假ならずや。莫人は能くせず、全ければ乃ち能を備うるなり。夫れ其れ全からずや。是の故に全に於いては能を去り、假に於いては事を去り、知に於いては幾を去れば、知る所の者は妙たり。此くの若くなれば、則ち能く其の天に順い、意氣は寂寞の宇に游ぶことを得、形性は自然の所に安んずることを得。萬物を全くして宰せず、澤は天下を被いて、其の自りて始まる所を知ること莫し。五者を備えずと雖も、其の之を好む者は是なり。
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呂氏春秋・審分⑤故に其の實を按じて其の名を審らかにして、以て其の情を求め、其の言を聽きて其の類を察し、放悖せしむる無し。夫れ名は其の實に當らざること多くして、事は其の用に當らざる者多し。故に人主は以て名分を審らかにせざる可からざるなり。名分を審らかにせざるは、是れ壅を惡みて愈々塞がるなり。壅塞の任は、臣下に在らず、人主に在り。堯・舜の臣、獨り義ならず、湯・禹の臣、獨り忠ならず、其の數を得ればなり。桀・紂の臣、獨り鄙ならず、幽・厲の臣、獨り辟ならず、其の理を失えばなり。
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呂氏春秋・審分②凡そ善を為すは難く、善に任ずるは易し。奚を以て之を知る。人、驥と俱に走れば、則ち人、驥に勝たず、車上に居りて驥に任ずれば、則ち驥、人に勝たず。人主の好みて人官の事を治むるは、則ち是れ驥と俱に走るなり。必ず及ばざる所多し。夫れ人主も亦た車有り、車を去ること無ければ、則ち衆善く皆力を盡くし能を竭くし、諂諛詖賊巧佞の人、其の姦を竄す所無く、堅窮廉直忠敦の士、畢く競勸騁騖す。
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