呂氏春秋 / 審分①
──凡人主必審分,然後治可以至,姦偽邪辟之塗可以息,惡氣苛疾無自至。夫治身與治國,一理之術也。今以眾地者,公作則遲,有所匿其力也;分地則速,無所匿遲也。主亦有地,臣主同地,則臣有所匿其邪矣,主無所避其累矣。
新字:──凡人主必審分,然後治可以至,姦偽邪辟之塗可以息,悪気苛疾無自至。夫治身与治国,一理之術也。今以眾地者,公作則遅,有所匿其力也;分地則速,無所匿遅也。主亦有地,臣主同地,則臣有所匿其邪矣,主無所避其累矣。
書き下し
凡そ人主は必ず分を審らかにし、然る後治以て至る可く、姦偽邪辟の塗以て息む可く、惡氣苛疾自りて至る無し。夫れ身を治むると國を治むるとは、一理の術なり。今衆を以て地する者、公作すれば則ち遲し、其の力を匿す所有ればなり。地を分かたば則ち速やかなり。匿遲する所無ければなり。主も亦た地有り。臣主、地を同じうすれば、則ち臣は其の邪を匿す所有り、主は其の累を避くる所無し。
現代語訳
君主は必ず名分・職分を明らかにし、そうして初めて治が行き届き、姦悪や邪な道が止み、悪い気や重い病も生じなくなる。わが身を修めることと国を治めることは、同じ一つの理法である。今、大勢で共同に耕作させると仕事が遅い。手を抜いて力を隠す者がいるからだ。土地を分けて各自に受け持たせれば速い。手抜きを隠す余地がないからだ。君主にもまた受け持つべき領分がある。臣と君が同じ領分に踏み込めば、臣は自分の邪心を隠す余地を得、君は自分に降りかかる煩わしい責めを避けられなくなる。
解説
この段では、君主がまず名分・職分をはっきり定めることが政治の出発点だと説きます。分担があいまいだと共同作業で手を抜く者が出るように、君臣の職分が重なると臣は不正を隠し、君は責任を負い込むことになります。呂氏春秋の審分覽は、こうした分の明確化を統治の根幹に置く思想で、身を修めることと国を治めることを一つの理として貫く点に特徴があります。役割と責任範囲を明確にすれば各自が力を出し切り、あいまいにすれば怠業と混乱を招くという指摘は、組織のマネジメントや権限委譲を考えるうえで今日にも通じる原則です。
この章句が説くこと
審分名分職分公作分地身を治む組織管理
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『韓非子』外儲説右下第三十五故に明主は吏を治めて民を治めず。説は木を揺るがすの本と網を引くの綱とに在り。
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