呂氏春秋 / 察微⑤
魯季氏與郈氏鬥雞。郈氏介其雞,季氏為之金距。季氏之雞不勝。季平子怒,因歸郈氏之宮而益其宅。郈昭伯怒,傷之於昭公,曰:「禘於襄公之廟也,舞者二人而已,其餘盡舞於季氏。季氏之舞道,無上久矣,弗誅必危社稷。」公怒不審,乃使郈昭伯將師徒以攻季氏,遂入其宮。仲孫氏、叔孫氏相與謀曰:「無季氏,則吾族也死亡無日矣。」遂起甲以往,陷西北隅以入之,三家為一,郈昭伯不勝而死。昭公懼,遂出奔齊,卒於乾侯。魯昭聽傷而不辯其義,懼以魯國不勝季氏,而不知仲、叔氏之恐而與季氏同患也,是不達乎人心也。不達乎人心,位雖尊,何益於安也?以魯國恐不勝一季氏,況於三季?同惡固相助。權物若此其過也。非獨仲、叔氏也,魯國皆恐。魯國皆恐,則是與一國為敵也,其得至乾侯而卒猶遠。
新字:魯季氏与郈氏鬥鶏。郈氏介其鶏,季氏為之金距。季氏之鶏不勝。季平子怒,因帰郈氏之宮而益其宅。郈昭伯怒,傷之於昭公,曰:「禘於襄公之廟也,舞者二人而已,其余尽舞於季氏。季氏之舞道,無上久矣,弗誅必危社稷。」公怒不審,乃使郈昭伯将師徒以攻季氏,遂入其宮。仲孫氏、叔孫氏相与謀曰:「無季氏,則吾族也死亡無日矣。」遂起甲以往,陥西北隅以入之,三家為一,郈昭伯不勝而死。昭公懼,遂出奔斉,卒於乾侯。魯昭聴傷而不弁其義,懼以魯国不勝季氏,而不知仲、叔氏之恐而与季氏同患也,是不達乎人心也。不達乎人心,位雖尊,何益於安也?以魯国恐不勝一季氏,況於三季?同悪固相助。権物若此其過也。非独仲、叔氏也,魯国皆恐。魯国皆恐,則是与一国為敵也,其得至乾侯而卒猶遠。
書き下し
魯の季氏と郈氏と雞を鬭わす。郈氏、其の雞に介し、季氏之に金距を為る。季氏の雞勝たず。季平子怒り、因りて郈氏に宮歸して其の宅を益す。郈昭伯怒り、之を昭公に傷りて曰く、「襄公の廟に禘するや、舞う者二人のみ。其の餘は盡く季氏に舞う。季氏の道を無みし、上を無みすること久し。誅せずんば必ず社稷を危うくせん。」公怒りて審らかにせず。乃ち郈昭伯をして師徒を将いて以て季氏を攻めしめ、遂に其の宮に入る。仲孫氏・叔孫氏相與に謀りて曰く、「季氏無くんば、則ち吾が族や死亡せんこと日無けん。」遂に甲を起こして以て往き、西北隅を陥れて以て之に入り、三家一と為る。郈昭伯勝たずして死す。昭公懼れ、遂に齊に出奔し、乾侯に卒せり。魯昭、傷りを聽きて其の義を辯ぜず。魯國を以て季氏に勝たざるを懼れて、仲・叔氏の恐れて季氏と患いを同じうするを知らず。是れ人心に達せざるなり。人心に達せずんば、位尊しと雖も、何ぞ安きに益せん。魯國を以てするも恐らくは一季氏に勝たざらん。況んや三季惡を同うし、固く相助くるに於いてをや。物を權ること此の若くんば、其れ過るなり。獨り仲・叔氏のみに非ざるなり。魯國皆恐る。魯國皆恐るれば、則ち是れ一國と敵為るなり。其れ乾侯に至りて卒するを得しは、猶ほ遠し。
現代語訳
魯の季氏と郈氏が闘鶏をした。郈氏は鶏に鎧をつけ、季氏は鶏に金属の蹴爪をつけた。季氏の鶏が負けると、季平子は怒って郈氏の邸に押し入り、その宅地を奪って自分の屋敷を広げた。郈昭伯は怒り、昭公に讒言して『襄公の廟の祭礼で舞う者はわずか二人、残りはみな季氏の所で舞っている。季氏が主君を無視して久しい。誅さねば必ず国家を危うくします』と告げた。昭公は怒って事の是非を確かめず、郈昭伯に軍を率いて季氏を攻めさせ、その邸に攻め入った。すると仲孫氏・叔孫氏は相談し『季氏がなくなれば、我らの一族もじきに滅ぼされる』と、兵を起こして駆けつけ、西北の隅を破って攻め入り、季・仲・叔の三家が一つになった。郈昭伯は敗れて死んだ。昭公は恐れて斉へ出奔し、乾侯で客死した。魯の昭公は讒言を聞いてその是非を見分けず、魯の国力で季氏一家に勝てぬことばかりを恐れ、仲孫・叔孫両氏が季氏と危機を共有して恐れていることに気づかなかった。これは人の心に通じていなかったのだ。人心に通じなければ、地位が高くても安泰に何の役に立とう。魯一国でも季氏一家に勝てぬかもしれぬのに、まして三家が同じ悪心で固く助け合えばなおさらだ。物事の軽重をこう見誤れば、過ちである。仲孫・叔孫だけではない。魯国全体が恐れていた。国全体が恐れれば、一国を敵に回すのと同じだ。昭公がすぐ討たれず乾侯まで至って死ねたのは、むしろ幸運が長く続いた方だと言える。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
言志四録・言志録 第百八十一条 勢に因りて利導す人情の気機は、一定を以て求むべからず。之を誘へば勧み、之を禁ずれば遏む、順なり。之を導けば反つて阻み、之を抑ふれば益揚る、逆なり。是の故に駕馭の道は、当に其の向背を察し、其の軽重を審らかにし、勢に因りて之を利導し、機に応じて之を激励し、其をして自ら其の然る所以を覚えざらしむべし。此れを之れ得たりと為す。
-
史記 高祖本紀且つ吾の軍を霸上に還す所以は、諸侯の至るを待ちて約束を定めんのみ。」と。乃ち人をして秦の吏と県郷邑を行かしめ、之に告諭す。秦人大いに喜び、争ひて牛羊酒食を持ちて軍士に献饗す。沛公又譲りて受けず、曰く、「倉粟多し、乏しきに非ず、人に費さしむるを欲せず。」と。人又益々喜び、唯だ沛公の秦王と為らざらんことを恐る。
-
『弁道』第二十四則「之を継ぐ者は善」とは、天を継ぐの継の如し。善とは善人を謂ふなり。流行と訓ずる者は継の字の義を失へり。「之を成す者は性」とは、人各〻性の近き所に随ひて務めを成すを謂ふなり。凡そ徳と言ふ者、怨に対して言ふ者有り、財に対して言ふ者有り。其の単に言ふ者は、皆性の徳なり。爾らずんば、「徳に拠る」、何ぞ其れ荒唐なるや。人心とは民心なり。朽索の馭の如し。故に危ふしと曰ふ。道心とは民心を導くなり。其の機甚だ微なり。故に微なりと曰ふ。
-
『呻吟語』内篇・應務・一の拙法有り世人の相與するは、面上に非ざれば則ち口中なり。人の心は固より面と口とに掩ふ能はず。而して測る可からざる者は則ち面と口とに盡きざるなり。故に惟だ人心のみ最も畏る可く、人心最も知る可からず。此れ天下の陷阱にして、古今生死の衢なり。余に一の拙法有り。之を推すに至誠を以てし、之を施すに至厚を以てし、之を持するに至慎を以てし、是非を遠ざけ、利名を讓り、後下に處せば、則ち夷狄鳥獸も骨肉腹心とす可し。將に深き者をして且つ心を傾けしめ、險なる者をして且つ德に化せしめんとす。而して何ぞ陷阱の予に及ばんや。
-
『晏子春秋』外篇上・景公坐路寢曰誰將有此晏子諫景公路寝に坐して、曰く、「美なるかな室、其れ誰か将に此を有たんとするか」と。晏子対えて曰く、「其れ田氏か。田無宇は垾を為せり」と。公曰く、「然らば則ち奈何」と。晏子対えて曰く、「善を為す者は、君上の勧むる所なり。豈に禁ず可けんや。夫れ田氏は、国門に柝を撃つの家にして、父は以て其の子に托し、兄は以て其の弟に托し、今に於て三世なり。山の木は市の如くにして、山に加えず。魚塩蚌蜃は、海に加えず。民財之が為に帰す。今歳凶饑にして、蒿種芼斂は半ばならず、道路に死人有り。斉の旧四量は、四升を豆と為し、豆四にして区、区四にして釜、釜十にして鐘なり。田氏の四量は、各々一を加う。家の量を以て貸し、公の量を以て収む。則ち糴する所以、百姓の死命を澤うこと多し。今公家は驕汰にして、田氏は慈恵なり。国の澤は是に焉くにか帰せん。田氏は徳無しと雖も、民に施す有り。公厚く斂め、田氏は厚く施す。詩に曰く、『汝に与うる徳無しと雖も、式て歌い且つ舞う』と。田氏の施しは、民之を歌舞するなり。国の帰するも、亦た宜ならずや」と。
-
『洗心洞箚記』卷下・第七十九條或ひと梁恵王曰く寡人の国に於けるやの章の義を問ふ。曰く、恵王の尽心と、後章の其の心を尽くす者は其の性を知るなりの尽心とは、字同じくして旨異なり。如し先づ之を弁ぜずして、一章の義を解すれば、則ち無数の言語を費して、天理人欲、終に分暁なること能はざるなり。夫れ恵王の尽心は、即ち人心を尽くす者なり。人心は、便ち是れ人欲にして不仁なり。恵王の戦を好むの心は、乃ち人欲の中尤も不仁なる者なり。人欲の中尤も不仁なるの心を尽くして、飢民を転遷し以て其の多少を計較す。要するに一身を肥やして独楽を極めんと欲する者なり。盗賊の心と奚を以て異ならんや。是の故に終に其の民を糜爛し子弟を駆りて以て之に殉ぜしむ。是れ皆自ら人心を尽くす上より来る。然らば則ち人心を尽くすは、断絶せざるべからざるなり。

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見る