呂氏春秋 / 樂成②
禹之決江水也,民聚瓦礫。事已成,功已立,為萬世利。禹之所見者遠也,而民莫之知,故民不可與慮化舉始,而可以樂成功。
新字:禹之決江水也,民聚瓦礫。事已成,功已立,為万世利。禹之所見者遠也,而民莫之知,故民不可与慮化舉始,而可以楽成功。
書き下し
禹の江水を決するや、民瓦礫を聚む。事已に成り、功已に立ち、萬世の利と為る。禹の見る所の者遠し、而して民之を知る莫し。故に民は與に化を慮り始めを舉ぐ可からず。而して以て成功を樂しむ可し。
現代語訳
禹が長江の水を切り開いて治水したとき、民は工事の妨げになる瓦礫を集めて邪魔をした。だが工事が成り功績が立つと、それは万世の利益となった。禹の見通しははるか先まで及んでいたが、民にはそれが分からなかった。だから民とは、変化を最初から共に考え、事業を始めることはできない。しかし、成し遂げた成果を共に楽しむことはできるのである。
解説
禹の治水を例に、民は事業の着手を共にはできないが、成果は共に享受できると説きます。着工時、民は禹の遠大な構想を理解できず、瓦礫を積んで不満を示しました。しかし完成すれば万世の利益となりました。先を見通す者と、目先しか見えない大衆との落差が主題です。大きな改革は、始める段階では理解されないのが常です。反対や不評を恐れて着手をためらえば成果は生まれません。長期の視野を持つ指導者が短期の不満に耐えて事業をやり遂げる意義を、現代の政策やプロジェクトにも示しています。
この章句が説くこと
禹治水楽成功先見改革長期的視野
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