呂氏春秋 / 貴因⑤
夫審天者,察列星而知四時,因也。推歷者,視月行而知晦朔,因也。禹之裸國,裸入衣出,因也。墨子見荊王,錦衣吹笙,因也。孔子道彌子瑕見釐夫人,因也。湯、武遭亂世,臨苦民,揚其義,成其功,因也。故因則功,專則拙。因者無敵。國雖大,民雖眾,何益?
新字:夫審天者,察列星而知四時,因也。推歴者,視月行而知晦朔,因也。禹之裸国,裸入衣出,因也。墨子見荊王,錦衣吹笙,因也。孔子道弥子瑕見釐夫人,因也。湯、武遭乱世,臨苦民,揚其義,成其功,因也。故因則功,専則拙。因者無敵。国雖大,民雖眾,何益?
書き下し
夫れ天に審らかなる者の、列星を察して四時を知るは、因れるなり。歷を推す者の、月を視て晦朔を知るは、因れるなり。禹、裸國に之き、裸して入り衣して出でしは、因れるなり。墨子、荊王に見ゆるに、錦衣して笙を吹けるは、因れるなり。孔子、彌子瑕に道りて釐夫人に見えしは、因れるなり。湯・武、亂世に遭い、苦民に臨み、其の義を揚げ、其の功を成すは、因れるなり。故に因れば則ち功あり、專らなれば則ち拙なり。因る者は敵無し。國大なりと雖も、民衆しと雖も、何の益かあらん。
現代語訳
天文に通じた者が、星々の並びを観察して四季を知るのは、天の運行に因るからである。暦を推算する者が、月の運行を見て晦日や朔日を知るのも、因るからである。禹が裸国へ行くとき、裸で入り衣を着て出たのも、その土地の習俗に因ったからである。墨子が楚王に謁見するとき、錦の衣を着て笙を吹いたのも、相手の好みに因ったからである。孔子が彌子瑕を介して釐夫人に会ったのも、そのつてに因ったからである。湯王・武王が乱世に遭い、苦しむ民に臨んで、その大義を掲げ功業を成したのも、時勢に因ったからである。だから因れば功が成り、独りよがりに押し通せば拙い結果になる。因る者に敵はいない。そうでなければ、国が大きく民が多くても、何の役に立とうか。
解説
「貴因」篇を締めくくる段で、天文・暦から聖人の行動まで幅広い例で「因る」ことの効用を畳みかけます。要点は、四季や暦を知るのも天の運行に因るからであり、禹は異国の習俗に、墨子は相手の好みに、湯武は時勢に因って成功した、という点にあります。結論として「因れば功あり、独りよがりに押し通せば拙い」「因る者に敵なし」とまとめ、大国も多民も因る術がなければ無益だと説きます。自然の法則や相手の事情、時勢を的確に読んでそれに乗じる柔軟さが成果を生むという思想は、環境や状況に適応して動く現代の戦略や実践にも通じます。
この章句が説くこと
貴因因る禹墨子孔子湯武
関連する章句
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呂氏春秋・貴因①三代の寶とする所は因るに如くは莫し。因れば則ち敵無し。禹は三江・五湖を通じ、伊闕を決し、迴陸に溝し、之を東海に注ぎしは、水の力に因れるなり。舜一たび徙りて邑を成し、再び徙りて都を成し、三たび徙りて國を成し、而して堯之に授けて位を禪りしは、人の心に因れるなり。湯・武の千乘を以て夏・商を制するは、民の欲に因れるなり。秦に如く者の立ちて至るは、車有ればなり。越に適く者の坐して至るは、舟有ればなり。秦・越は遠塗なり。竫立安坐して至るは、其の械に因ればなり。
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呂氏春秋・愼人①功名大いに立つは、天なり。是が為の故に、因りて其の人を慎まざるは不可なり。夫れ舜の堯に遇えるは、天なり。舜の歴山に耕し、河濱に陶し、雷澤に釣りし、天下之を説び、秀士之に從うは、人なり。夫れ禹の舜に遇うは、天なり。禹、天下に周くして、以て賢者を求め、黔首を利するを事とし、水潦川澤の湛滯壅塞せるものの通ず可き者、禹盡く之を為せるは、人なり。夫れ湯の桀に遇い、武の紂に遇うは、天なり。湯・武、身を修め善を積み義を為し、以て民を憂苦せるは、人なり。
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呂氏春秋・長攻①凡そ治亂存亡・安危彊弱は、必ず其の遇りて、然る後に成る可し。各々一なれば則ち設けず。故に桀・紂不肖と雖も、其の亡びたるは湯・武に遇えばなり。湯・武に遇いしは天なり。桀・紂の不肖に非ざるなり。湯・武賢なりと雖も、其の王たるは桀・紂に遇えばなり。桀・紂に遇いしは天なり。湯・武も賢に非ざるなり。若し桀・紂、湯・武に遇わざれば、未だ必ずしも亡びざるなり。桀・紂亡びざれば、不肖なりと雖も、辱め未だ此に至らず。若し湯・武をして桀・紂に遇わざらしめば、未だ必ずしも王たらざるなり。湯・武、王たらざれば、賢なりと雖も、顯るること未だ此に至らず。故に人主大功有れば、不肖なるを聞かず、亡國の主、賢なるを聞かず。之を譬うれば、良農の、土地の宜しきを辯じ、耕耨の事を謹むとも、未だ必ずしも收めざるが若し。然り而して收むる者、必ず此の人や、始め時雨に遇うに在り。時雨に遇うは、天地なり。良農の能く為す所に非ざるなり。
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孟子・離婁章句下孟子曰く、「天下の性を言うや、故に則るのみ。故なる者は、利を以て本と為す。智に惡む所の者は、其の鑿するが為なり。如し智者にして禹の水を行るが若くならば、則ち智に惡むこと無し。禹の水を行るや、其の事無き所に行る。如し智者も亦た其の事無き所に行らば、則ち智も亦た大なり。天の高きや、星辰の遠きや、苟くも其の故を求むれば、千歲の日至も、坐して致す可きなり。」
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呂氏春秋・首時③墨者に田鳩というもの有り、秦の惠王に見えんと欲し、秦に留まること三年にして見ゆることを得ず。客に之を楚王に言う者有り。往きて楚王に見ゆ。楚王之を説び、將軍の節を與えて以て秦に如かしむ。至り、因りて惠王に見ゆ。人に告げて曰く、「秦に之くの道は、乃ち楚に之くか。」固に之に近くして遠く、之を遠くして近き者有り。時も亦た然り。湯武の賢有るも、桀紂の時無くば成らず。桀紂の時有るも、湯武の賢無くば亦た成らず。聖人の時を見ること、歩と影との離る可からざるが若し。故に有道の士、未だ時に遇わざれば、隱匿分竄し、勤めて以て時を待つ。時至れば、布衣從りして天子と為る者有り、千乘從りして天下を得る者有り、卑賤從りして三王を佐くる者有り、匹夫從りして萬乘に報ずる者有り。故に聖人の貴ぶ所は唯だ時なり。水凍りて方に固ければ、后稷種せず。后稷の種するは必ず春を待つ。故に人智ありと雖も、時に遇わずんば功無し。葉の茂美なるに方りては、終日之を采れども知られず。秋霜既に下れば、衆林皆羸く。事の難易は、小大に在らず。務めは時を知るに在り。
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