呂氏春秋 / 貴因①
三代所寶莫如因,因則無敵。禹通三江、五湖,決伊闕,溝迴陸,注之東海,因水之力也。舜一徙成邑,再徙成都,三徙成國,而堯授之禪位,因人之心也。湯、武以千乘制夏、商,因民之欲也。如秦者立而至,有車也;適越者坐而至,有舟也。秦、越,遠塗也,竫立安坐而至者,因其械也。
新字:三代所宝莫如因,因則無敵。禹通三江、五湖,決伊闕,溝迴陸,注之東海,因水之力也。舜一徙成邑,再徙成都,三徙成国,而堯授之禅位,因人之心也。湯、武以千乗制夏、商,因民之欲也。如秦者立而至,有車也;適越者坐而至,有舟也。秦、越,遠塗也,竫立安坐而至者,因其械也。
書き下し
三代の寶とする所は因るに如くは莫し。因れば則ち敵無し。禹は三江・五湖を通じ、伊闕を決し、迴陸に溝し、之を東海に注ぎしは、水の力に因れるなり。舜一たび徙りて邑を成し、再び徙りて都を成し、三たび徙りて國を成し、而して堯之に授けて位を禪りしは、人の心に因れるなり。湯・武の千乘を以て夏・商を制するは、民の欲に因れるなり。秦に如く者の立ちて至るは、車有ればなり。越に適く者の坐して至るは、舟有ればなり。秦・越は遠塗なり。竫立安坐して至るは、其の械に因ればなり。
現代語訳
夏・殷・周の三代が最も貴んだのは、物事に乗じ従う「因」である。因れば敵はいない。禹が三江・五湖を通し、伊闕を切り開き、迴陸に水路を掘って東海に注いだのは、水の力に因ったからである。舜が一度移れば村を成し、二度で都を成し、三度で国を成し、堯が位を譲ったのは、人の心に因ったからである。湯王・武王がわずか千乗の力で夏・殷を制したのは、民の願いに因ったからである。秦へ行く者が立ったまま着けるのは車があるからで、越へ行く者が座ったまま着けるのは舟があるからである。秦も越も遠い道のりだが、じっと立ちあるいは安らかに座ったまま着けるのは、その道具に因ったからである。
解説
「貴因(因るを貴ぶ)」篇の総論です。要点は、三代の帝王が最も重んじたのは、自然や人心、既存の条件に逆らわず乗じる「因」であり、これに因れば敵はいない、という点にあります。禹は水の勢いに、舜は人心に、湯王・武王は民の願いに乗じて大業を成し、遠方へも車や舟という道具に因れば労せず到達できると説きます。無理に力任せで押し通すのではなく、周囲の勢いや利用できる手段をうまく借りて成果を上げる発想です。既存のインフラや流れ、相手の動機を活かすこの考え方は、現代の戦略や事業推進にも通じます。
この章句が説くこと
貴因因る禹舜湯武民の欲
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