呂氏春秋 / 愼人①
功名大立,天也;為是故,因不慎其人不可。夫舜遇堯,天也;舜耕於歷山,陶於河濱,釣於雷澤,天下說之,秀士從之,人也。夫禹遇舜,天也;禹周於天下,以求賢者,事利黔首,水潦川澤之湛滯壅塞可通者,禹盡為之,人也。夫湯遇桀,武遇紂,天也;湯武修身積善為義,以憂苦於民,人也。
新字:功名大立,天也;為是故,因不慎其人不可。夫舜遇堯,天也;舜耕於歴山,陶於河浜,釣於雷沢,天下説之,秀士従之,人也。夫禹遇舜,天也;禹周於天下,以求賢者,事利黔首,水潦川沢之湛滞壅塞可通者,禹尽為之,人也。夫湯遇桀,武遇紂,天也;湯武修身積善為義,以憂苦於民,人也。
書き下し
功名大いに立つは、天なり。是が為の故に、因りて其の人を慎まざるは不可なり。夫れ舜の堯に遇えるは、天なり。舜の歴山に耕し、河濱に陶し、雷澤に釣りし、天下之を説び、秀士之に從うは、人なり。夫れ禹の舜に遇うは、天なり。禹、天下に周くして、以て賢者を求め、黔首を利するを事とし、水潦川澤の湛滯壅塞せるものの通ず可き者、禹盡く之を為せるは、人なり。夫れ湯の桀に遇い、武の紂に遇うは、天なり。湯・武、身を修め善を積み義を為し、以て民を憂苦せるは、人なり。
現代語訳
功名が大きく立つのは天の働きである。だからこそ、それにかまけて自分の努力を慎まないのはよくない。舜が堯にめぐり合ったのは天だが、舜が歴山で耕し、河のほとりで陶器を作り、雷沢で釣りをして、天下の人が喜び、優れた士が従ったのは人の努力である。禹が舜にめぐり合ったのは天だが、禹が天下をめぐって賢者を求め、民を利することに努め、氾濫や滞りで塞がった水路を通せるものはことごとく通したのは人の努力である。湯が桀に、武が紂にめぐり合ったのは天だが、湯・武が身を修め善を積み義を行い、民のために苦労したのは人の努力である。
解説
この章句が説くこと
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