呂氏春秋 / 權勳④
中山之國有厹繇者。智伯欲攻之而無道也,為鑄大鐘,方車二軌以遺之。厹繇之君將斬岸堙谿以迎鐘。赤章蔓枝諫曰:“詩云:‘唯則定國。’我胡則以得是於智伯?夫智伯之為人也貪而無信,必欲攻我而無道也,故為大鐘,方車二軌以遺君。君因斬岸堙谿以迎鐘,師必隨之。”弗聽。有頃,諫之,君曰:“大國為懽,而子逆之,不祥。子釋之。”赤章蔓枝曰:“為人臣不忠貞,罪也;忠貞不用,遠身可也。”斷轂而行,至衛七日而厹繇亡。欲鐘之心勝也,欲鐘之心勝則安厹繇之說塞矣。凡聽說,所勝不可不審也,故太上先勝。
新字:中山之国有厹繇者。智伯欲攻之而無道也,為鋳大鐘,方車二軌以遺之。厹繇之君将斬岸堙谿以迎鐘。赤章蔓枝諫曰:“詩云:‘唯則定国。’我胡則以得是於智伯?夫智伯之為人也貪而無信,必欲攻我而無道也,故為大鐘,方車二軌以遺君。君因斬岸堙谿以迎鐘,師必随之。”弗聴。有頃,諫之,君曰:“大国為懽,而子逆之,不祥。子釈之。”赤章蔓枝曰:“為人臣不忠貞,罪也;忠貞不用,遠身可也。”断轂而行,至衛七日而厹繇亡。欲鐘之心勝也,欲鐘之心勝則安厹繇之説塞矣。凡聴説,所勝不可不審也,故太上先勝。
書き下し
中山の國に厹繇という者有り。智伯之を攻めんと欲すれど道無きなり。為に大鐘を鋳、車を方ぶること二軌、以て之を遺る。厹繇の君、將に岸を斬り谿を堙め、以て鐘を迎えんとす。赤章蔓枝諫めて曰く、「詩に云う、『唯だ則のみ國を定む。』我胡ぞ以て是を智伯に得ん。夫れ智伯の人と為りや、貪にして信無し。必ず我を攻めんと欲すれども道無し。故に大鐘を為り、車を方ぶること二軌、以て君に遺る。君因りて岸を斬り谿を堙めて以て鐘を迎えば、師必ず之に隨わん。」聽かず。頃ありて、之を諫む。君曰く、「大國懽を為す、而るに子之に逆うは、不祥なり。子之を釋け。」赤章蔓枝曰く、「人臣と為りて忠貞ならざるは、罪なり。忠貞にして用いられずんば、身を遠ざけて可なり。」轂を斷ちて行く。衛に至りて七日にして厹繇亡ぶ。鐘を欲するの心勝てばなり。鐘を欲するの心勝てば則ち厹繇を安んずるの説塞がる。凡そ説を聽く、勝つ所、審らかにせざる可からざるなり。故に太上は先めに勝つなり。
現代語訳
中山の国に厹繇という属国があった。智伯はこれを攻めたかったが道がなかった。そこで大きな鐘を鋳造し、車を二台並べた幅の贈物として送った。厹繇の君は崖を削り谷を埋めてまで鐘を迎え入れようとした。臣の赤章蔓枝が諫めて「『詩』に『ただ法にかなってこそ国は定まる』とあります。私がどうして智伯からこんな物を頂けましょう。智伯は貪欲で信義がなく、わが国を攻めたいが道がない。だから大鐘を送ってきたのです。道を通して鐘を迎えれば、軍勢がそのあとから来ます」と言ったが、聞き入れられない。しばらくして再び諫めると、君は「大国が好意を示しているのに、お前が逆らうのは不吉だ。やめよ」と言った。赤章蔓枝は「臣として忠義を尽くさぬのは罪。忠義が用いられぬなら身を退くのがよい」と言い、車の轂を切り詰めて去った。衛に着いて七日で厹繇は滅びた。鐘を欲しがる心が勝ったからである。欲の心が勝てば、国を守る進言は封じられてしまう。およそ進言を聞くには、どの心が勝っているかを見きわめねばならない。だから最上は、まず己の欲に勝つことである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『韓非子』說林下二十三夫れ一臣を殺して一国を存す、其れ吉と言はざるは何ぞや。且つ死者知無くんば、則ち臣を以て鼓に釁るも益無きなり。死者知有らば、臣将に戦ひに当たるの時、臣鼓をして鳴らざらしめん」と。荊人因りて殺さざるなり。知伯将に仇由を伐たんとして道難くして通ぜず、乃ち大鐘を鋳て仇由の君に遺る。仇由の君大いに説び、道を除きて将に之を内れんとす。赤章曼枝曰く、「不可なり。此れ小の大に事ふる所以なり、而るに今や大以て来る、卒必ず之に随はん、内るべからざるなり」と。仇由の君聴かず、遂に之を内る。赤章曼枝因りて轂を断ちて駆り、斉に至り、七月にして仇由亡ぶ。越已に呉に勝ち、又卒を荊に索めて晋を攻めんとす。左史倚相、荊王に謂ひて曰く、「夫れ越は呉を破りて、豪士死し、鋭卒尽き、大甲傷つく。今又卒を索めて以て晋を攻むるは、我に病まざるを示すなり。師を起こして与に呉を分かつに如かず」と。荊王曰く、「善し」と。因りて師を起こして越に従ふ。越王怒り、将に之を撃たんとす。大夫種曰く、「不可なり。吾が豪士尽き、大甲傷つく。我与に戦はば、必ず克たず。之に賂ふに如かず」と。乃ち露山の陰五百里を割きて以て之に賂ふ。荊、陳を伐ち、呉之を救ふ。軍間三十里。雨ふること十日、夜星あり。左史倚相、子期に謂ひて曰く、「雨ふること十日、甲輯まりて兵聚まる。呉人必ず至らん、之に備ふるに如かず」と。乃ち陳を為す。陳未だ成らざるに呉人至り、荊の陳を見て反る。左史曰く、「呉は反覆六十里、其の君子必ず休み、小人必ず食はん。我三十里を行きて之を撃たば、必ず敗るべきなり」と。乃ち之に従ひ、遂に呉の軍を破る。韓・趙相与に難を為す。韓子、兵を魏に索めて曰く、「願はくは師を借りて以て趙を伐たん」と。魏の文侯曰く、「寡人は趙と兄弟なり、以て従ふべからず」と。趙も又兵を索めて以て韓を攻めんとす。文侯曰く、「寡人は韓と兄弟なり、敢へて従はず」と。二国、兵を得ずして、怒りて反る。
-
呂氏春秋・自知④范氏の亡ぶるや、百姓に鍾を得たる者有り、負いて走らんと欲すれば、則ち鍾大にして負う可からず。椎を以て之を毀たんとすれば、鍾況然として音有り。人の之を聞きて己より奪わんことを恐れ、遽かに其の耳を揜う。人の之を聞くを惡むは可なり、己れ自ら之を聞くを惡むは悖れり。人主為りて其の過ちを聞くを惡むは、猶ほ此のごときに非ずや。惡人の其の過ちを聞くを惡むは尚猶ほ可なり。
-
『智囊』知微・南文子智伯が衛を伐とうとし、衛君に野馬四百と璧一を遺った。衛君は大いに悦び、君臣は皆賀したが、南文子には憂色が有った。衛君は曰く、「大国が交歓を求めているのに、子に憂色が有るのはなぜか」と。文子は曰く、「功無き賞、力無き礼は、察せざるべからず。野馬四百と璧一は、小国の礼です。それを大国が致すのです。君はこれを図られよ」と。衛君は其の言を以て辺境に告げた。智伯は果たして兵を起こして衛を襲ったが、境に至って反り、曰く、「衛に賢人がいて、先に吾が謀を知った」と。〔馮述評〕韓・魏が万家の邑を愛しまずして智伯を驕らせたのも、また璧馬の遺りである。智伯はこれを以て衛を蠱し、還って自ら蠱した。なぜか。
-
戦国策・秦昭王謂左右秦昭王左右に謂ひて曰く、「今日の韓・魏は、始めの強きと孰與(いづ)れぞ。」對へて曰く、「如かざるなり。」王曰く、「今の如耳・魏齊は、孟嘗・芒卯の賢と孰與れぞ。」對へて曰く、「如かざるなり。」王曰く、「孟嘗・芒卯の賢を以て、強き韓・魏の兵を帥ゐて以て秦を伐つも、猶ほ寡人を奈何ともする無きなり。今無能の如耳・魏齊を以て、弱き韓・魏を帥ゐて秦を攻むれば、其の寡人を奈何ともする無きこと、亦た明らかなり。」左右皆曰く、「甚だ然り。」中期琴を推して對へて曰く、「三(王)の天下を料るや過てり。昔者六晉の時、智氏最も強く、范・中行を滅破し、韓・魏を帥ゐて以て趙襄子を晉陽に圍む。晉水を決して以て晉陽に灌ぎ、城の沈まざる者三板のみ。智伯出でて水を行(み)るに、韓康子御し、魏桓子驂乘す。智伯曰く、『始め、吾水の以て人の國を亡ぼす可きを知らず、乃ち今之を知る。汾水も利あり以て安邑に灌ぐ可く、絳水も利あり以て平陽に灌ぐ可し。』魏桓子韓康子に肘し、康子魏桓子を履み、其の踵を躡む。肘足車上に接して、智氏分たれたり。身死し國亡び、天下の笑ひと爲れり。今秦の強きも、智伯に過ぐる能はず。韓・魏弱しと雖も、尚ほ賢に晉陽の下に在り。此れ乃ち方に其の肘足を用ゐる時なり、願はくは王の易んずる勿からんことを。」
-
戦国策・智伯欲伐衞智伯、衞を伐たんと欲し、衞君に野馬四百、白璧一を遺る。衞君大いに悦び、群臣皆賀すも、南文子憂色有り。衞君曰く、「大国大いに懽ぶに、子憂色有るは何ぞや」と。文子曰く、「功無きの賞、力無きの礼は、察せざるべからざるなり。野馬四百、白璧一、此れ小国の礼なり。而るに大国之を致す、君其れ之を図れ」と。衞君其の言を以て辺境に告ぐ。智伯果たして兵を起こして衞を襲うも、境に至りて反りて曰く、「衞に賢人有り、先んじて吾が謀を知れり」と。
-
『淮南子』人間訓智伯 地を魏の宣子に求む。宣子 之に與うるを欲せず。任登曰く「智伯の強きこと、威 天下に行わる。地を求めて與えざるは、是れ諸侯の爲に先ず禍を受くるなり。之に與うるに若かず」と。宣子曰く「地を求めて已まざれば、之を爲すこと奈何」と。任登曰く「之に與えて、喜ばしめば、必ず將に復た地を諸侯に求めんとす。諸侯 必ず耳を植てん。天下と心を同じくして之を圖らば、一心の得る所の者は、直だ吾が亡う所のみに非ざるなり」と。魏の宣子 地を裂きて之に授く。又た地を韓の康子に求む。韓の康子 敢えて予えずんばあらず。諸侯 皆な恐る。又た地を趙の襄子に求む。襄子 與えず。是に於いて智伯 乃ち韓・魏を從えて襄子を晉陽に圍む。三國 謀を通じ、智伯を禽えて其の國を三分す。此れ所謂 人を奪いて反って人の奪う所と爲る者なり。

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見る