呂氏春秋 / 權勳①
利不可兩,忠不可兼。不去小利則大利不得,不去小忠則大忠不至。故小利,大利之殘也;小忠,大忠之賊也。聖人去小取大。
新字:利不可両,忠不可兼。不去小利則大利不得,不去小忠則大忠不至。故小利,大利之残也;小忠,大忠之賊也。聖人去小取大。
書き下し
利は兩つなる可からず。忠は兼ぶ可からず。小利を去らざれば則ち大利は得られず。小忠を去らざれば則ち大忠は至らず。故に小利は、大利の殘なり。小忠は、大忠の賊なり。聖人は小を去りて大を取る。
現代語訳
利益は両立させられず、忠もかけ持ちにはできない。小さな利益を捨てなければ大きな利益は得られず、小さな忠を捨てなければ大きな忠は実現しない。だから小利は大利を損なうものであり、小忠は大忠を害するものである。聖人は小を捨てて大を取る。
解説
「權勳」篇の総論です。要点は、目先の小さな利益や忠義に固執すると、かえって本当に大切な大利・大忠を失う、という主題にあります。小利は大利を損ない、小忠は大忠を害するとして、聖人は小を捨てて大を取ると説きます。以下の各説話は、この原則を戦場や外交の具体例で裏づけていきます。物事の軽重を見きわめて優先順位をつける発想は、限られた資源をどこに投じるかを選ぶ現代の意思決定や戦略立案にも通じ、部分最適が全体最適を壊す危うさへの警鐘としても読めます。
この章句が説くこと
権勲小利大利小忠大忠聖人
関連する章句
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『臣軌』卷上 至忠章利は並ぶべからず、忠は兼ぬべからず。小利を去らざれば、則ち大利は得られず、小忠を去らざれば、則ち大忠は至らず。故に小利は大利の残なり、小忠は大忠の賊なり。
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呂氏春秋・愼行①行は孰せざる可からず。孰せざれば、深谿に赴くが如く、悔ゆと雖も及ぶ無し。君子は行を計りて義を慮り、小人は行を計りて利を其するも、乃ち利ならず。不利の利を知る者有れば、則ち與に理を言う可し。
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呂氏春秋・長利①天下の士なる者は、天下の長利を慮りて、固く之に處して身を以て若うなり。利、今に倍すと雖も、後に便ならざれば、為さざるなり。安きこと長久と雖も、以て其の子孫するは、行わざるなり。此に自りて之を觀れば、陳無宇の醜づ可きこと亦た重し。其れ伯成子高・周公旦・戎夷に與けるや、形は同じと雖も、取舍の殊なること、豈に遠からずや。
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説苑・說叢坎井に黿鼉無きは、隘ければなり。園中に脩林無きは、小なればなり。小忠は、大忠の賊なり。小利は、大利の殘なり。自ら清きは絕えて易く、人を清くするは絕えて難し。水激すれば則ち悍く、矢激すれば則ち遠し。人は名に激せられ、毀たれずして聲を為す。下士は官を得て以て死し、上士は官を得て以て生く。禍福は地中より出づるに非ず、天上より來るに非ず、己自ら之を生ず。
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荀子・栄辱篇栄辱の大分、安危利害の常体。義を先にして利を後にする者は栄え、利を先にして義を後にする者は辱めらる。栄うる者は常に通じ、辱めらるる者は常に窮す。通ずる者は常に人を制し、窮する者は常に人に制せらる。是れ栄辱の大分なり。材愨(ざいかく)なる者は常に安利、蕩悍(とうかん)なる者は常に危害。安利なる者は常に楽易(らくい)、危害なる者は常に憂険(ゆうけん)。楽易なる者は常に寿長、憂険なる者は常に夭折す。是れ安危利害の常体なり。
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荀子・大略篇「義」と「利」とは、人の両(ふた)つながら有する所なり。堯舜(ぎょうしゅん)と雖(いへど)も民の利を欲するを去る能(あた)はず。然れども能く其の利を欲するをして其の義を好むに克(か)たざらしむ。桀紂(けっちゅう)と雖も民の義を好むを去る能はず。然れども能く其の義を好むをして其の利を欲するに勝たざらしむ。故に義の利に勝つ者は治世と為り、利の義に克つ者は乱世と為る。上(かみ)義を重んずれば則ち義は利に克ち、上利を重んずれば則ち利は義に克つ。故に天子は多少を言はず、諸侯は利害を言はず、大夫は得喪(とくそう)を言はず、士は貨財に通ぜず。国を有(たも)つの君は牛羊を息(ふや)さず、質(し)を錯(お)くの臣は雞豚(けいとん)を息さず、冢卿(ちょうけい)は幣(へい)を脩(をさ)めず、大夫は場園(じょうえん)を為(つく)らず、士より以上は皆(みな)利を羞(は)ぢて民と業を争はず、分施(ぶんし)を楽しみて積蔵(せきぞう)を恥づ。然る故に民は財に困(くる)しまず、貧窶(ひんく)なる者も其の手を竄(お)く所有り。