呂氏春秋 / 必己①
外物不可必,故龍逄誅,比干戮,箕子狂,惡來死,桀、紂亡。人主莫不欲其臣之忠,而忠未必信,故伍員流乎江,萇弘死、藏其血三年而為碧。親莫不欲其子之孝,而孝未必愛,故孝己疑,曾子悲。
新字:外物不可必,故竜逄誅,比干戮,箕子狂,悪来死,桀、紂亡。人主莫不欲其臣之忠,而忠未必信,故伍員流乎江,萇弘死、蔵其血三年而為碧。親莫不欲其子之孝,而孝未必愛,故孝己疑,曽子悲。
書き下し
外物は必とす可からず。故に龍逄は誅せられ、比干は戮せられ、箕子は狂し、惡來は死し、桀・紂は亡ぶ。人主、其の臣の忠ならんことを欲せざるは莫けれども、忠未だ必ずしも信ぜられず。故に伍員は江に流され、萇弘は死し、其の血を藏すること三年にして碧と為る。親、其の子の孝ならんことを欲せざるは莫けれども、孝未だ必ずしも愛せられず。故に孝己は疑われ、曾子は悲しむ。
現代語訳
自分の外にあるものは当てにできない。だから龍逄は誅殺され、比干は殺され、箕子は狂気を装い、悪来は殺され、桀・紂は滅んだ。君主で臣の忠を望まぬ者はいないが、忠が必ずしも信じられるとは限らない。だから伍員すなわち伍子胥は川に流され、萇弘は殺され、その血を蔵しておくと三年で碧玉に変わったほどの忠であった。親で子の孝を望まぬ者はいないが、孝が必ずしも愛されるとは限らない。だから孝己は父に疑われ、曾子は悲しんだ。
解説
本篇の主題である外物は必とすべからず、すなわち自分の外の評価や運命は当てにできないということを、忠臣が誅され孝子が疑われた歴史の例で示します。背景には、忠や孝といった善い行いさえ必ずしも報われないという現実認識があり、萇弘の血が碧玉になる伝説がその無念を象徴します。だからこそ結果を外に求めず自らを恃むべきだ、という後段への導入です。現代でも、正しい行いが常に報われるとは限らないという冷厳な事実を見据えたうえで、それでも自分の在り方を保つ姿勢を問いかける一段です。
この章句が説くこと
必己外物竜逄比干伍子胥萇弘忠孝
関連する章句
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荘子・外物外物は必とすべからず。故に竜逢(りょうほう)は誅せられ、比干は戮せられ、箕子(きし)は狂し、悪来(あくらい)は死し、桀・紂は亡ぶ。人主は其の臣の忠なるを欲せざるは莫し。而も忠は未だ必ずしも信ぜられず。故に伍員(ごうん)は江に流され、萇弘(ちょうこう)は蜀に死す。其の血を蔵すること三年、化して碧と為る。人の親は其の子の孝なるを欲せざるは莫し。而も孝は未だ必ずしも愛せられず。故に孝己(こうき)は憂えて曾参は悲しむ。
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呂氏春秋・不苟①賢者の事うるや、貴ばると雖も苟も為さず。聽かると雖も自ら阿らず。必ず理に中りて然る後動き、必ず義に當りて然る後舉ぐ。此れ忠臣の行いなり。賢主の說ぶ所、而して不肖の主の其の說ばざる所は、其の聲を惡むに非ざるなり。人主、不肖なりと雖も、其の忠臣の聲を説ぶは、賢主と同じきも、其の實を行うは、則ち賢主と異なる有り。異なるが故に其の功名禍福も亦た異なる。異なるが故に子胥、闔閭に説ばれて夫差に惡まれ、比干は生きて商に惡まれ、死して周に説ばる。
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呂氏春秋・離謂③洧水甚だ大にして、鄭の富人に溺るる者有り。人、其の死者を得たり。富人之を贖わんことを請う。其の人金を求むること甚だ多し。以て鄧析に告ぐ。鄧析曰く、「之を安んぜよ。人必ず之を賣ること莫からん。」死を得たる者之を患う。以て鄧析に告ぐ。鄧析又之に答えて曰く、「之を安んぜよ。此れ必ず更に買う所無からん。」夫れ忠臣を傷つくる者は、此に似たること有るなり。夫れ功無くして民を得ざれば、則ち其れ功無くして民を得ざるを以て之を傷つく。功有りて民を得れば、則ち又其の功有りて民を得るを以て之を傷つく。人主の度無き者、以て此を知ること無し。豈に悲しからずや。比干・萇弘は此を以て死し、箕子・商容は此を以て窮し、周公・召公は此を以て疑われ、范蠡・子胥は此を以て流さる。死生存亡安危は、此れ從り生ず。
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呂氏春秋・必己⑤君子の自ら行うや、人を敬して敬せらるることを必とせず。人を愛して愛せらるることを必とせず。人を敬愛する者は、己なり。敬愛せらるる者は、人なり。君子は己に在る者を必とし、人に在る者を必とせざるなり。己に在るものを必とすれば、遇わざること無し。
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呂氏春秋・必己③牛缺は上地に居る、大儒なり。下りて邯鄲に之き、盜に耦沙の中に遇う。盜、其の橐中の載を求むれば、則ち之に與え、其の車馬を求むれば、則ち之に與え、其の衣被を求むれば、則ち之に與う。牛缺出でて去る。盜相謂いて曰く、「此れ天下の顯人なり。今之を辱しむること此くの如し。此れ必ず我を萬乘の主に愬えん。萬乘の主必ず國を以て我を誅せん、我必ず生きじ。相與に追いて之を殺し、以て其の跡を滅するに若かず。」是に於て相與に之を趨い、行くこと三十里、及びて之を殺す。此れ知るを以ての故なり。孟賁、河を過ぎんとして、其の五に先だつ。船人怒りて、楫を以て其の頭を虓く。顧だ其の孟賁なるを知らざるなり。河に中ばして、孟賁目を瞋らして船人を視、髮植ち、目裂け、鬢指す。舟中の人盡く揚播して河に入る。船人をして其の孟賁なるを知らしめば、敢て直視せず、渉るに先だつ者無し。又況んや之を辱しむるに於いてをや。此れ知らざるを以ての故なり。知ると知らざるとは、皆恃むに足らず。其れ惟だ和調のみ之に近きも、猶ほ未だ必とす可らず。蓋し和調を辨ぜざる者有れば、則ち和調も免れざる有るなり。宋の桓司馬、寶珠を有し、罪に抵りて出亡す。王、人をして珠の在る所を問わしむ。曰く、「之を池中に投ず。」是に於て池を竭くして之を求むれども、得ること無く、魚死せり。此れ禍福の相及ぶを言うなり。紂は不善を商に為して、禍い天地に充つ。和調も何ぞ益せん。
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