呂氏春秋 / 首時④
鄭子陽之難,猘狗潰之;齊高國之難,失牛潰之;眾因之以殺子陽、高國。當其時,狗牛猶可以為人唱,而況乎以人為唱乎?
新字:鄭子陽之難,猘狗潰之;斉高国之難,失牛潰之;眾因之以殺子陽、高国。当其時,狗牛猶可以為人唱,而況乎以人為唱乎?
書き下し
鄭の子陽の難は、猘狗之を潰し、齊の高國の難は、失牛之を潰し、衆之に因りて以て子陽・高國を殺す。其の時に當れば、狗牛も猶ほ以て人の唱と為す可し。而るを況んや人を以て唱と為すをや。
現代語訳
鄭の子陽が殺された騒動は狂犬がきっかけで乱れ、斉の高氏・国氏が滅ぼされた騒動は逃げた牛がきっかけで乱れ、民衆はそれに乗じて子陽や高氏・国氏を殺した。その時機に当たれば、犬や牛でさえ人々を動かすきっかけになる。まして人が音頭を取ればなおさらである。
解説
狂犬や逃げた牛といった些細な出来事が引き金となって権力者が倒された例を挙げ、時機が熟していれば小さなきっかけでも大事が動くことを示します。背景には、民の不満が積もった状況では偶発的な事件すら政変の導火線になるという観察があります。犬牛でさえ音頭取りになるという表現が印象的です。現代でも、社会に鬱積があるとき些細な事件が大きな運動へ発展する現象は繰り返し見られ、状況の熟度が結果を左右するという時機論の一例として理解できます。
この章句が説くこと
子陽高国猘狗時機民衆政変
関連する章句
-
説苑・說叢時至らざれば、強いて生ずべからず。事究めざれば、強いて求むべからず。貞良にして亡ぶるは、先人の餘殃なり。猖獗にして活くるは、先人の餘烈なり。權は重きを取り、澤は長きを取る。才賢にして任輕ければ則ち名有り、不肖にして任大なれば身死し名廢る。
-
論語・郷党篇色みて斯に挙がり、翔りて後に集まる。曰く、「山梁の雌雉、時なるかな、時なるかな。」子路之を共す。三たび嗅ぎて作つ。
-
説苑・說叢時なるかな、時なるかな。間謀に及ばず。時の極みに至れば、間息を容れず。勞して體せざれば、亦た將に自ら息わんとす。有りて施さざれば、亦た將に自ら得んとす。
-
説苑・建本子路曰わく、重きを負い道遠き者は地を択びて休まず、家貧しく親老いたる者は禄を択びて仕えず、と。昔者由二親に事うるの時、常に藜藿の実を食して親の為に米を百里の外に負う。親没するの後、南のかた楚に遊び、車百乗に従い、粟を積むこと万鍾、茵を累ねて坐し、鼎を列ねて食う。藜藿を食い米を負いし時を願うも復た得可からず。枯魚索を銜んで、幾何ぞ蠹まざらん。二親の寿は忽ち隙を過ぐるが如し。草木長ぜんと欲するも霜露は使さず。賢者養わんと欲するも二親待たず。故に曰わく、家貧しく親老いたれば禄を択びて仕うと。
-
呂氏春秋・愼人②舜の耕漁せしときも、其の賢不肖は天子為ると同じ。其の未だ時に遇わざるや、其の徒屬を以て、地財を掘り、水利を取り、蒲葦を編み、罘網を結び、手足胼胝するも居まず。然る後に凍餒の患いを免れたり。其の時に遇うや、登りて天子と為り、賢士之に歸し、萬民之を譽め、丈夫女子、振振殷殷として、戴き説ばざるは無し。舜自ら詩を為りて曰く、「普天の下、王土に非ざるは莫し。率土の濱、王臣に非ざるは莫し。」盡く之を有するを見わす所以なり。盡く之を有するも、賢なること加わるに非ざるなり。盡く之れ無きも、賢なること損するに非ざるなり。時然らしむるなり。
-
呂氏春秋・首時⑤飢馬厩に盈ちて嗼然たるは、未だ芻を見ざればなり。飢狗窖に盈ちて嗼然たるは、未だ骨を見ざればなり。骨と芻とを見れば、動くこと禁ず可からず。亂世の民嗼然たるは、未だ賢者を見ざればなり。賢人を見れば則ち往くこと止む可からず。往くとは其の形に非ず、心を之れ謂うか。齊は東帝を以て天下に困しみ、而して魯は徐州を取れり。邯鄲は壽陵を以て萬民に困しみて、而して衛は繭氏を取れり。魯・衛の細を以て、皆志を大國に得たるは、其の時に遇えばなり。故に賢主秀士の黔首を憂えんと欲する者は、亂世之に當たれり。天は再び與えず、時は久しく留まらず。能は兩つながら工ならず、事之に當たるに在り。