呂氏春秋 / 孝行⑥
曾子曰:“父母生之,子弗敢殺。父母置之,子弗敢廢。父母全之,子弗敢闕。故舟而不游,道而不徑,能全支體,以守宗廟,可謂孝矣。”
新字:曽子曰:“父母生之,子弗敢殺。父母置之,子弗敢廃。父母全之,子弗敢闕。故舟而不游,道而不径,能全支体,以守宗廟,可謂孝矣。”
書き下し
曾子曰く、「父母之を生む、子敢て殺さず。父母之を置く、子敢て廢せず。父母之を全くす、子敢て闕かず。故に舟して游がず、道して徑せず。能く支體を全うして、以て宗廟を守るを、孝と謂う可し。」
現代語訳
曾子が言った。「父母がこの身を生んだのだから、子はあえて損なわない。父母がこの身を立ててくれたのだから、子はあえて廃さない。父母が完全な体で授けたのだから、子はあえて欠けさせない。だから川は舟で渡って泳がず、道は正道を通って近道をしない。手足を無事に保ち、それで祖先の宗廟を守れるなら、孝と言える。」
解説
父母から完全な体を授かった以上、それを傷つけず全うすることが孝だという曾子の身体観を説きます。背景には、危険を避け身を大切にすることが親への務めだとする発想があり、泳がず近道もしないという具体例で慎重さを示します。自分の体を守ることが祖先の祭祀を続ける基盤になるという点に、家の連続性を重んじる古代の意識が表れます。現代でも、無謀を避け健康や安全を守ることが、自分を支えてくれた人々への責任でもあるという穏当な教訓として読めます。
この章句が説くこと
曽子身体髪膚全生宗廟孝慎重
関連する章句
-
論語・述而篇子の慎む所は、斉・戦・疾なり。
-
論語・為政篇子張禄を干(もと)むを学ぶ。子曰く、多く聞いて疑わしきを闕(か)き、其の余を慎言すれば、則ち尤(とがめ)寡なし。多く見て殆(あやう)きを闕き、其の余を慎行すれば、則ち悔寡なし。言に尤寡なく、行に悔寡なければ、禄は其の中に在り。
-
論語・為政篇子夏孝を問う。子曰く、「色難し。事有れば弟子其の労に服し、酒食有れば先生に饌(まかな)う。曾て是を以て孝と為さんや。」
-
論語・為政篇孟懿子孝を問う。子曰く、「違(たが)うこと無かれ。」樊遅御(ぎょ)す。子之に告げて曰く、「孟孫我に孝を問う。我対えて曰く、違(たが)うこと無かれと。」樊遅が曰く、「何の謂(いい)ぞや。」子曰く、「生きては之に事(つか)うるに礼を以てし、死しては之を葬るに礼を以てし、之を祭るに礼を以てす。」
-
論語・為政篇孟武伯孝を問う。子曰く、「父母は唯其の疾(やまい)を之憂う。」
-
論語・学而篇子曰く、「父在せば其の志を観、父没すれば其の行いを観る。三年父の道を改むること無くんば、孝と謂う可し。」