呂氏春秋 / 有始⑫
極星與天俱游,而天極不移。
新字:極星与天倶游,而天極不移。
書き下し
極星、天と俱に游びて、天極移らず。
現代語訳
北極星は天とともに巡り動くが、天の極そのものは移らない。
解説
この短い段は、北極星と天の極について述べます。星々は天とともに回転して見えますが、その中心である天の極すなわち北極は動かない、という天体観測の要点をとらえています。夜空の星が北極星を軸に回るという現象は、古代の人々が方角と時刻を知る基準でした。動くものの中に不動の中心を見出すこの認識は、変化の中の不変という思想的な含意も帯びます。呂氏春秋はこれを天地論の一部として記します。回転する天の中心に不動点を見る観察は、現代の天球の極や自転軸の理解へとつながる、素朴ながら本質を突いた天文の知見です。
この章句が説くこと
極星北極星天極不動天文回転
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