呂氏春秋 / 有始⑪
凡四極之內,東西五億有九萬七千里,南北亦五億有九萬七千里。
新字:凡四極之内,東西五億有九万七千里,南北亦五億有九万七千里。
書き下し
凡そ四極の內、東西は五億有九萬七千里、南北も亦た五億有九萬七千里なり。
現代語訳
およそ四方の果てまでの内は、東西五億九万七千里、南北もまた五億九万七千里である。
解説
この段は世界の最果て、四極までの距離を東西・南北ともに五億九万七千里と記します。前段の四海の内よりさらに壮大な、宇宙的な規模の数字です。ここでの億は古代の数え方で今日の一億とは異なりますが、いずれにせよ人知を超えた広がりを表そうとしています。呂氏春秋は現実の里数から観念的な極大へと視野を広げ、天地の途方もない大きさを描きます。有限の数で無限に近い広がりを言い表そうとするこの試みは、宇宙の果てを想像し測ろうとする人間の営みそのものであり、現代の宇宙論的なスケール感にも通じます。
この章句が説くこと
四極五億里数宇宙極大天地
関連する章句
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呂氏春秋・有始⑩凡そ四海の內、東西は二萬八千里、南北は二萬六千里、水道は八千里、水を受くる者も亦た八千里、通谷は六、名川は六百、陸注は三千、小水は萬數なり。
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呂氏春秋・有始①天地に始め有り。天は微にして以て成り、地は塞ちて以て形す。天地の合和するは、生の大經なり。寒暑日月晝夜を以て之を知り、殊形殊能異宜を以て之を説く。夫れ物は合して成り、離れて生ず。合を知り成を知り、離を知り生を知れば、則ち天地平す。平なる者は、皆當に其の情を察し、其の形を處らかにすべし。
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呂氏春秋・有始②天に九野有り、地に九州有り、土に九山有り、山に九塞有り、澤に九藪有り、風に八等有り、水に六川有り。
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呂氏春秋・有始⑫極星、天と俱に游びて、天極移らず。
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呂氏春秋・有始③何をか九野と謂う。中央を鈞天と曰う、其の星は角・亢・氐。東方を蒼天と曰う、其の星は房・心・尾。東北を變天と曰う、其の星は箕・斗・牽牛。北方を玄天と曰う、其の星は婺女・虚・危・營室。西北を幽天と曰う、其の星は東壁・奎・婁。西方を顥天と曰う、其の星は胃・昴・畢。西南を朱天と曰う、其の星は觜嶲・參・東井。南方を炎天と曰う、其の星は輿鬼・柳・七星。東南を陽天と曰う、其の星は張・翼・軫。
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『列子』湯問篇湯又た問いて曰く、四海の外に奚か有る、と。革曰く、猶お齊州のごときなり、と。湯曰く、汝奚を以て之を實とするか、と。革曰く、朕東行して營に至るに、人民猶お是くのごときなり。營の東を問うに、復た營の猶くなり。西行して豳に至るに、人民猶お是くのごときなり。豳の西を問うに、復た豳の猶くなり。朕是を以て四海・四荒・四極の是に異ならざるを知る。故に大小相い含み、窮極無きなり。萬物を含む者は、亦た天地を含むが如し。萬物を含むが故に窮まらず、天地を含むが故に極まり無し。朕も亦た焉んぞ天地の表に大なる天地有らざるを知らんや。亦た吾の知らざる所なり。