呂氏春秋 / 有始⑩
凡四海之內,東西二萬八千里,南北二萬六千里,水道八千里,受水者亦八千里,通谷六,名川六百,陸注三千,小水萬數。
新字:凡四海之内,東西二万八千里,南北二万六千里,水道八千里,受水者亦八千里,通谷六,名川六百,陸注三千,小水万数。
書き下し
凡そ四海の內、東西は二萬八千里、南北は二萬六千里、水道は八千里、水を受くる者も亦た八千里、通谷は六、名川は六百、陸注は三千、小水は萬數なり。
現代語訳
およそ四海の内は、東西二万八千里、南北二万六千里。海に注ぐ水路は八千里、その水路に注ぐ川もまた八千里。大きな谷は六つ、名だたる川は六百、陸地を流れる川は三千、小さな川は数万にのぼる。
解説
この段は四海に囲まれた世界の広がりを、里数で具体的に示します。東西二万八千里、南北二万六千里という規模に加え、大河から小川まで水系を数で数え上げます。数字の正確さそのものより、天下の広大さと水系の網の目のような豊かさを印象づける記述です。呂氏春秋はこうした定量的な世界像を通じて、大地を一つの秩序ある全体として把握しようとしました。世界の大きさを数値で測り、河川を規模ごとに分類する態度は、地理を数量的に捉える発想であり、現代の測量や統計的な地理把握の遠い源流といえます。
この章句が説くこと
四海里数水道名川天下地理
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