呂氏春秋 / 長見③
晉平公鑄為大鐘,使工聽之,皆以為調矣。師曠曰:“不調,請更鑄之。”平公曰:“工皆以為調矣。”師曠曰:“後世有知音者,將知鐘之不調也,臣竊為君恥之。”至於師涓,而果知鐘之不調也。是師曠欲善調鐘,以為後世之知音者也。
新字:晋平公鋳為大鐘,使工聴之,皆以為調矣。師曠曰:“不調,請更鋳之。”平公曰:“工皆以為調矣。”師曠曰:“後世有知音者,将知鐘之不調也,臣窃為君恥之。”至於師涓,而果知鐘之不調也。是師曠欲善調鐘,以為後世之知音者也。
書き下し
晉の平公、鑄て大鐘を為り、工をして之を聽かしむ。皆以て調えりと為す。師曠曰く、「調わず。請う更めて之を鑄ん。」平公曰く、「工皆以て調えりと為す。」師曠曰く、「後世音を知る者有れば、將に鐘の調わざるを知らんとするなり。臣竊かに君の為に之を恥づ。」師涓に至りて、果して鐘の調わざるを知るなり。是れ師曠の善く鐘を調えんと欲せしは、後世の音を知る者を以為えばなり。
現代語訳
晋の平公が大鐘を鋳造し、楽師たちに聞かせました。楽師たちはみな音律が整っていると評しました。ところが師曠は言いました、「整っていません。どうか鋳造し直してください」。平公は「楽師たちはみな整っていると言っている」と言いました。師曠は言いました、「後世に音を聞き分ける者が現れれば、この鐘の音律が整っていないと分かるでしょう。私はひそかに君のためにこれを恥じるのです」。のちに名楽師の師涓の代になって、果たしてこの鐘の音律が整っていないと分かりました。これは師曠が鐘の音律をきちんと整えようとしたのが、後世の音を聞き分ける者のことを思ってのことだったのです。
解説
この段は晋の楽師師曠の先見を描く逸話です。要点は、周囲の楽師が皆よしとした大鐘の音律を、師曠だけが不完全と見抜き、後世の耳の利く者に恥をかくと言って鋳直しを求めた点です。のちに名手師涓の代にその指摘が正しいと証明されました。背景には、目先の合意や多数の判断に流されず、時を超えて通用する基準で物事を評価する長見の思想があります。今この場で通っても後世には見抜かれるという意識は、品質や仕事に対する厳しい職人気質を示します。目先の妥協を許さず後世の目を意識する姿勢は、現代のものづくりや専門的評価にも通じる普遍的な教訓です。
この章句が説くこと
師曠晋平公師涓大鐘長見知音
関連する章句
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『淮南子』脩務訓昔 晉の平公 官をして鍾を爲らしむ。鍾 成りて、師曠に示す。師曠曰く「鍾の音 調わず」と。平公曰く「寡人 以て工に示すに、工 皆な以て調うと爲す。而るに以て調わずと爲すは、何ぞや」と。師曠曰く「後世をして音を知る者無からしめば則ち已む。若し音を知る者有らば、必ず鍾の調わざるを知らん」と。故に師曠の善く鍾を調えんと欲するは、以て後の音を知る者有るが爲なり。三代 我と行を同じくし、五伯 我と智を齊しくす。彼 獨り聖智の實有りて、我 曾て閭裏の聞、窮巷の知有る無き者は何ぞ。彼は身を並べて節を立て、我は誕謾にして悠忽なればなり。
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国語・晋語八平公新声(しんせい)を説(よろこ)ぶ。師曠(しこう)曰く、「公室其れ将に卑(ひく)からんとするか。君の明、衰うるに兆せり。夫れ楽は以て山川の風を開くなり、以て徳を広遠に耀かすなり。徳を風して以て之を広め、山川を風して以て之を遠くし、物を風して以て之を聴き、詩を修めて以て之を詠い、礼を修めて以て之を節す。夫れ徳広遠にして時節有り、是を以て遠きは服して邇(ちか)きは遷らず」と。
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『韓非子』難一第三十六今襄子驕侮の臣を誅せずして、功無きの赫を賞す、安くにか襄子の善く賞するに在らん。故に曰く、仲尼は善く賞することを知らず、と。晋の平公羣臣と飲む、飲酣にして、乃ち喟然として歎じて曰く、「人君為るより楽しきは莫し、惟だ其の言ひて之に違ふ莫し」と。師曠前に侍坐す、琴を援きて之に撞く。公衽を披きて避く、琴壁に壊る。公曰く、「太師誰にか撞く」と。師曠曰く、「今者小人の側に言ふ者有り、故に之に撞く」と。公曰く、「寡人なり」と。師曠曰く、「啞。是れ君人たる者の言に非ざるなり」と。左右之を除かんことを請ふ、公曰く、「之を釈せ、以て寡人の戒と為さん」と。或ひと曰く、平公は君道を失ひ、師曠は臣礼を失ふ。夫れ其の行を非として其の身を誅するは、君の臣に於けるなり。其の行を非とすれば則ち其の言を陳べ、善く諫めて聴かれざれば則ち其の身を遠ざくるは、臣の君に於けるなり。今師曠平公の行を非とし、人臣の諫を陳べずして、人主の誅を行ふ、琴を挙げて其の体に親しむ、是れ上下の位に逆らひて、人臣の礼を失ふなり。夫れ人臣為る者は、君過有れば則ち諫め、諫めて聴かれざれば則ち爵禄を軽んじて以て之を待つ、此れ人臣の礼なり。今師曠平公の過を非とし、琴を挙げて其の体に親しむ、厳父と雖も子に加へず、而るに師曠之を君に行ふ、此れ大逆の術なり。
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『韓非子』十過第十平公師曠に問ひて曰く、「此れ所謂何の声ぞや」と。師曠曰く、「此れ所謂清商なり」と。公曰く、「清商は固より最も悲しきか」と。師曠曰く、「清徴に如かず」と。公曰く、「清徴は得て聞くべきか」と。師曠曰く、「不可なり。古の清徴を聴く者は、皆徳義有るの君なり。今吾が君は徳薄し、以て聴くに足らず」と。平公曰く、「寡人の好む所の者は、音なり、願はくは試みに之を聴かん」と。師曠已むを得ず、琴を援きて鼓す。一たび之を奏すれば、玄鶴二八有り、南方より来り、郎門の垝に集まる。再び之を奏すれば、而ち列す。三たび之を奏すれば、頸を延べて鳴き、翼を舒べて舞ひ、音宮商の声に中り、声天に聞こゆ。平公大いに説び、坐する者皆喜ぶ。平公觴を提げて起ち師曠の寿を為し、坐に反りて問ひて曰く、「音は清徴より悲しきは莫きか」と。師曠曰く、「清角に如かず」と。平公曰く、「清角は得て聞くべきか」と。師曠曰く、「不可なり。昔者黄帝鬼神を泰山の上に合はせ、象車に駕して蛟竜を六にし、畢方鎋に並び、蚩尤前に居り、風伯進みて掃ひ、雨師道に洒ぎ、虎狼前に在り、鬼神後に在り、騰蛇地に伏し、鳳皇上を覆ひ、大いに鬼神を合はせて、清角を作為す。今吾が君は徳薄し、之を聴くに足らず。之を聴かば、将に恐らくは敗有らんとす」と。平公曰く、「寡人老いたり、好む所の者は音なり、願はくは遂に之を聴かん」と。師曠已むを得ずして之を鼓す。一たび之を奏すれば、玄雲有りて西北方より起こる。再び之を奏すれば、大風至り、大雨之に随ひ、帷幕を裂き、俎豆を破り、廊瓦を隳す。坐する者散走し、平公恐懼して、廊室の間に伏す。晋国大いに旱し、赤地三年。平公の身遂に癃病す。故に曰く、聴治を務めずして、五音を好みて已まざれば、則ち身を窮むるの事なり。奚をか貪愎と謂ふ。昔者智伯瑶趙・韓・魏を率ゐて范・中行を伐ち、之を滅ぼす。反り帰りて、兵を休むること数年、因りて人をして地を韓に請はしむ。
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史記 楽書夫れ朝歌とは時ならざるなり、北とは敗るるなり、鄙とは陋しきなり、紂楽しみて之を好み、万国と心を殊にし、諸侯附かず、百姓親しまず、天下之に畔く、故に身死し国亡ぶ」と。而して衛の霊公の時、将に晋に之かんとして、濮水の上に至りて舍る。夜半の時鼓琴の声を聞き、左右に問ふに、皆対へて曰く「聞かず」と。乃ち師涓を召して曰く、「吾鼓琴の音を聞く、左右に問ふに、皆聞かず。其の状鬼神に似たり、我が為に聴きて之を写せ」と。師涓曰く、「諾」と。因りて端坐して琴を援き、聴きて之を写す。明日、曰く、「臣之を得たり、然れども未だ習はず、請ふ宿して之を習はん」と。霊公曰く、「可なり」と。因りて復た宿す。明日、報じて曰く、「習へり」と。即ち去りて晋に之き、晋の平公に見ゆ。平公、施恵の台に置酒す。酒酣にして、霊公曰く、「今者来たるとき、新声を聞けり、請ふ之を奏せん」と。平公曰く、「可なり」と。即ち師涓をして師曠の旁らに坐せしめ、琴を援きて之を鼓せしむ。未だ終はらざるに、師曠撫して之を止めて曰く、「此れ亡国の声なり、遂ぐべからず」と。平公曰く、「何の道より出づるや」と。師曠曰く、「師延の作る所なり。紂の与に靡靡の楽を為る、武王紂を伐つや、師延東に走り、自ら濮水の中に投ず、故に此の声を聞くは必ず濮水の上に於いてす、先づ此の声を聞く者は国削らる」と。平公曰く、「寡人の好む所の者は音なり、願はくは遂に之を聞かん」と。師涓鼓して之を終ふ。平公曰く、「音に此より最も悲しきは無きか」と。師曠曰く、「有り」と。平公曰く、「聞くを得べきか」と。師曠曰く、「君の徳義薄し、以て之を聴くべからず」と。平公曰く、「寡人の好む所の者は音なり、願はくは之を聞かん」と。師曠已むを得ず、琴を援きて之を鼓す。一たび之を奏すれば、玄鶴二八有りて廊門に集まる。再び之を奏すれば、頸を延べて鳴き、翼を舒べて舞ふ。平公大いに喜び、起ちて師曠の為に寿す。坐に反り、問ひて曰く、「音に此より最も悲しきは無きか」と。師曠曰く、「有り。
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呂氏春秋・自知④范氏の亡ぶるや、百姓に鍾を得たる者有り、負いて走らんと欲すれば、則ち鍾大にして負う可からず。椎を以て之を毀たんとすれば、鍾況然として音有り。人の之を聞きて己より奪わんことを恐れ、遽かに其の耳を揜う。人の之を聞くを惡むは可なり、己れ自ら之を聞くを惡むは悖れり。人主為りて其の過ちを聞くを惡むは、猶ほ此のごときに非ずや。惡人の其の過ちを聞くを惡むは尚猶ほ可なり。

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