呂氏春秋 / 樂成①
大智不形,大器晚成,大音希聲。
新字:大智不形,大器晩成,大音希声。
書き下し
大智は形われず、大器は晚成し、大音は聲希なり。
現代語訳
大いなる知恵は形に現れず、大いなる器は遅れて完成し、大いなる音はかえって聞こえにくい。
解説
老子にも通じる逆説で始まる、篇の総論となる一句です。本当に優れた知恵・器量・成果ほど、すぐには目に見えず、時間をかけて実を結ぶと説きます。派手さや即効性とは対極にある、大成の遅さを肯定する言葉です。この後に続く禹の治水や孔子・子産の政治は、いずれも当初は民に理解されず、時を経て成果が現れた例です。短期の評価に振り回されず、長い目で本質的な事業を成し遂げる姿勢を、成果を急ぐ現代の私たちに問いかけます。大器晩成の出典としても知られます。
この章句が説くこと
楽成大器晩成大智不形大音希声長期的視野逆説
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