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呂氏春秋 / 安死⑤

魯季孫有喪,孔子往弔之。入門而左,從客也。主人以璵璠收,孔子徑庭而趨,歷級而上,曰:“以寶玉收,譬之猶暴骸中原也。”徑庭歷級,非禮也;雖然,以救過也。

新字:魯季孫有喪,孔子往弔之。入門而左,従客也。主人以璵璠収,孔子径庭而趨,歴級而上,曰:“以宝玉収,譬之猶暴骸中原也。”径庭歴級,非礼也;雖然,以救過也。

書き下し

魯の季孫に喪有り。孔子往きて之を弔す。門に入りて左し、客に從うなり。主人、璵璠を以て收む。孔子徑庭して趨り、歷級して上る。曰く、「寶玉を以て收むるは、之を譬うるに、猶ほ骸を中原に暴すがごときなり。」徑庭歷級は、禮に非ざるなり。然りと雖も、以て過ちを救うなり。

現代語訳

魯の季孫の家に喪があり、孔子は弔問に行った。門を入って左に進んだのは、客の作法に従ったのである。喪主が璵璠(魯の宝玉)を遺体に含ませようとしたので、孔子は庭を横切って急ぎ、階段を一段ずつ登って喪主のもとへ上り、言った、「宝玉を含ませて葬るのは、たとえば遺骸を野原にさらすようなものです」と。庭を横切り階段を一段ずつ登るのは礼に反するが、それでも喪主の過ちを救うためであった。

解説

孔子が魯の季孫家の弔問で、宝玉を遺体に含ませようとする喪主を諫めた逸話です。宝玉を副葬することは、かえって盗掘を招き遺骸を野ざらしにするのと同じだと説き、厚葬が死者を辱めるという篇の主張を、礼の実践者たる孔子の言動で裏づけます。孔子はあえて礼に反する所作をとってまで諫めており、形式的な礼よりも死者を真に守る実質を優先した点が印象的です。現代でも、慣習や体面に流されず、当人のためになる選択を助言する勇気は、弔いや意思決定の場面で意味を持つ姿勢として響きます。

この章句が説くこと

孔子季孫璵璠薄葬救過

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