呂氏春秋 / 審己②
子列子常射中矣,請之於關尹子。關尹子曰:“知子之所以中乎?”答曰:“弗知也。”關尹子曰:“未可。”退而習之三年,又請。關尹子曰:“子知子之所以中乎?”子列子曰:“知之矣。”關尹子曰:“可矣,守而勿失。”非獨射也,國之存也,國之亡也,身之賢也,身之不肖也,亦皆有以。聖人不察存亡賢不肖,而察其所以也。
新字:子列子常射中矣,請之於関尹子。関尹子曰:“知子之所以中乎?”答曰:“弗知也。”関尹子曰:“未可。”退而習之三年,又請。関尹子曰:“子知子之所以中乎?”子列子曰:“知之矣。”関尹子曰:“可矣,守而勿失。”非独射也,国之存也,国之亡也,身之賢也,身之不肖也,亦皆有以。聖人不察存亡賢不肖,而察其所以也。
書き下し
子列子常て射て中たり、之を關尹子に請う。關尹子曰く、「子の中たる所以を知るか。」答えて曰く、「知らざるなり。」關尹子曰く、「未だ可ならず。」退きて之を習うこと三年、又請う。關尹子曰く、「子、子の中たる所以を知るか。」子列子曰く、「之を知れり。」關尹子曰く、「可なり。守りて失う勿れ。」獨り射のみに非ざるなり。國の存する、國の亡ぶる、身の賢なる、身の不肖なる、亦た皆以有り。聖人は存亡賢不肖を察せずして、其の所以を察するなり。
現代語訳
列子はかつて弓を射て的に当てたことがあり、そのことを関尹子に問うた。関尹子は言った。「あなたは自分が当たった理由を知っているか」と。答えて言った。「知りません」と。関尹子は言った。「まだよくない」と。列子は退いて三年間これを習い、また問うた。関尹子は言った。「あなたは自分が当たる理由を知っているか」と。列子は言った。「知っております」と。関尹子は言った。「よろしい。それを守って失ってはならない」と。ひとり弓射のことだけではない。国が存続すること、国が滅びること、身が賢明であること、身が不肖であること、これらもみな理由がある。聖人は、存亡や賢不肖の結果そのものを見るのではなく、その理由を見極めるのである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
孫子・虚実篇形に因りて勝を衆に措くも、衆は知ること能わず。人は皆な我が勝つ所以の形を知るも、吾が勝を制する所以の形を知る莫し。故に其の戦勝は復せずして、形に応ずること窮まり無し。
-
『韓非子』顯學第五十故に術有るの君は、適然の善に随わずして、必然の道を行う。
-
五輪書・水の巻打つと云ふ事、あたると云ふ事、二ツなり。打つと云ふ心は、何れの打にも、思ひうけて慥(たしか)に打つなり。あたるは、行きあたる程の心にて、何と強うあたり、忽(たちま)ち敵の死ぬる程にても、是れはあたるなり。打つと云ふは、心得て打つと云ふ所なり。吟味すべし。敵の手にても足にても、あたると云ふは、先(ま)づあたるなり。あたりて後を強く打たん為なり。あたるは、さはる程の心。能(よ)く習ひ得ては、各別の事なり。工夫すべし。
-
『韓非子』難一第三十六且つ夫れ身を以て苦しみて後に民を化する者は、堯・舜の難ずる所なり。勢に処りて下を矯むる者は、庸主の易しとする所なり。
-
『商君書』戦法王者の兵は、勝ちて驕らず、敗れて怨まず。勝ちて驕らざるは、術の明らかなればなり。敗れて怨まざるは、失う所を知ればなり。若し兵の敵、彊弱あらば、將賢なれば則ち勝ち、將如かざれば則ち敗る。若しその政、廟算より出づれば、將賢なるも亦た勝ち、將如かざるも亦た勝つ。政、久しく勝術を持する者は、必ず彊くして王たるに至る。若し民服して上に聽かば、則ち國は富みて兵は勝つ。これを行えば、必ず久しく王たり。その過失は、敵無くして深く入り、險に偝き塞を絕ち、民は倦みて且つ饑渴し、而して復た疾に遇う。これ敗の道なり。故に將の民を使うは良馬に乘るが若き者は、齊しからざるべからざるなり。
-
『韓非子』用人第二十七中主をして法術を守り、拙匠をして規矩尺寸を守らしむれば、則ち萬失わず。