呂氏春秋 / 季秋④
是月也,大饗帝,嘗犧牲,告備于天子。合諸侯。制百縣。為來歲受朔日。與諸侯所稅於民輕重之法。貢職之數,以遠近土地所宜為度,以給郊廟之事,無有所私。
新字:是月也,大饗帝,嘗犠牲,告備于天子。合諸侯。制百県。為来歳受朔日。与諸侯所税於民軽重之法。貢職之数,以遠近土地所宜為度,以給郊廟之事,無有所私。
書き下し
是の月や、大いに帝を饗し、犧牲を嘗す。備わるるを天子に告ぐ。諸侯を合わせ、百縣に制し、來歲の為に朔日と、諸侯が民に税する所の輕重の法とを受く。貢職の數は、遠近と土地の宜しき所とを以て度と為し、以て郊廟の事に給し、私する所有る無からしむ。
現代語訳
この月には、盛大に上帝を饗応し、犠牲を供えて味わい、供物が備わったことを天子に告げる。諸侯を集め、多くの県を統制し、来年のために暦の朔日(元日)と、諸侯が民に課税する軽重の法とを授ける。貢ぎ物の額は、都からの遠近と土地の産物の適否とを基準として定め、それを郊祭や宗廟の祭祀に用い、私することがないようにする。
解説
収穫を終えた季秋に、天子が諸侯を統べ、翌年の制度を定める政治儀礼です。要点は、上帝への大饗と、諸侯への暦・課税法・貢納基準の頒布という、宗教と統治が一体化した営みです。背景として、暦を授けること(頒朔)は天子が時を支配する権威の象徴であり、貢納の基準を土地の生産力に応じて公平に定めることは、中央集権的秩序の要でした。それらを祭祀に用い私物化しないことが強調されます。現代でも、公平な負担配分と、公共のための資源運用という原則は、税制や組織のガバナンスに通じます。
この章句が説くこと
大饗帝諸侯朔日貢職課税郊廟
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