呂氏春秋 / 論威⑤
凡兵欲急疾捷先。欲急疾捷先,之道在於知緩徐遲後而急疾捷先之分也。急疾捷先,此所以決義兵之勝也。而不可久處,知其不可久處,則知所兔起鳧舉死殙之地矣。雖有江河之險則凌之,雖有大山之塞則陷之,并氣專精,心無有慮,目無有視,耳無有聞,一諸武而已矣。冉叔誓必死於田侯,而齊國皆懼;豫讓必死於襄子,而趙氏皆恐;成荊致死於韓主,而周人皆畏;又況乎萬乘之國,而有所誠必乎,則何敵之有矣?(刀)〔刃〕未接而欲已得矣。敵人之悼懼憚恐,單蕩精神盡矣,咸若狂魄,形性相離,行不知所之,走不知所往,雖有險阻要塞,銛兵利械,心無敢據,意無敢處,此夏桀之所以死於南巢也。今以木擊木則拌,以水投水則散,以冰投冰則沈,以塗投塗則陷,此疾徐先後之勢也。
新字:凡兵欲急疾捷先。欲急疾捷先,之道在於知緩徐遅後而急疾捷先之分也。急疾捷先,此所以決義兵之勝也。而不可久処,知其不可久処,則知所兔起鳧舉死殙之地矣。雖有江河之険則凌之,雖有大山之塞則陥之,并気専精,心無有慮,目無有視,耳無有聞,一諸武而已矣。冉叔誓必死於田侯,而斉国皆懼;予譲必死於襄子,而趙氏皆恐;成荊致死於韓主,而周人皆畏;又況乎万乗之国,而有所誠必乎,則何敵之有矣?(刀)〔刃〕未接而欲已得矣。敵人之悼懼憚恐,単蕩精神尽矣,咸若狂魄,形性相離,行不知所之,走不知所往,雖有険阻要塞,銛兵利械,心無敢拠,意無敢処,此夏桀之所以死於南巣也。今以木擊木則拌,以水投水則散,以冰投冰則沈,以塗投塗則陥,此疾徐先後之勢也。
書き下し
凡そ兵は急疾捷先を欲す。急疾捷先を欲するの道は、緩徐遲後と急疾捷先との分を知るに在るなり。急疾捷先は、此れ義兵の勝を決する所以なり。而れば久しく處る可からず。其の久しく處る可からざるを知らば、則ち兔起鳧舉する所、死殙の地を知る。江河の險有りと雖も則ち之を淩ぎ、大山の塞有りと雖も則ち之を陷れ、氣を幷し精を專らにし、心に慮ること有る無く、目に視ること有る無く、耳に聞くこと有る無く、諸を武に一にするのみ。冉叔は必ず田侯を死さんと誓いて、齊國皆懼れ、豫讓は必ず襄子を死さんとして、趙氏皆恐れ、成荊は死を韓主に致して、周人皆畏る。又況んや萬乘の國にして、誠必する所有るをや、則ち何の敵か之れ有らん。刃未だ接せずして欲するところ已に得らる。敵人の悼懼憚恐し、精神を單蕩して盡き、咸狂魄の若く、形性相離れ、行きて之く所を知らず、走りて往く所を知らず、險阻要塞・銛兵利械有りと雖も、心敢て據ること無く、意敢て處ること無し。此れ夏桀の南巢に死する所以なり。今、木を以て木を撃てば則ち拌け、水を以て水に投ずれば則ち散じ、冰を以て冰に投ずれば則ち沈み、塗を以て塗に投ずれば則ち陷る。此れ疾徐先後の勢なり。
現代語訳
およそ軍は迅速で機先を制することを望む。そのための道は、遅緩と迅速の分かれ目を知ることにある。迅速に機先を制することが義兵の勝敗を決する。しかし一つの場所に長くとどまってはならない。とどまれない理由を知れば、逃げ場のない死地も分かる。大河の険しさがあっても越え、大山の要塞があっても陥れ、息をひそめ精神を集中し、心に思うことなく、目に見るものなく、耳に聞くものなく、ひたすら武に専心する。冉叔が田侯を殺すと誓えば斉国はみな恐れ、豫讓が襄子を殺すと誓えば趙氏はみな恐れ、成荊が韓主に命を懸ければ周の人はみな畏れた。まして万乗の大国が決死の覚悟を持てば、どんな敵がありえよう。刃を交える前に望みは達せられる。敵はおびえて精神を消耗し尽くし、みな狂ったようになり、心身が離れ、進むべき所も逃げる所も分からず、険しい要塞や鋭い武器があっても心はよりどころを失う。これが夏の桀王が南巣で滅んだ理由である。今、木で木を打てば砕け、水を水に注げば散り、氷を氷に投げれば沈み、泥を泥に投げれば埋まる。これが遅速・先後の勢いというものである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
孫子・作戦篇故に兵は拙速を聞くも、未だ巧の久しきを睹ざるなり。
-
呂氏春秋・論威⑥夫れ兵に大要有り、物の謀らざると禁ぜざるとを謀るを知れば、則ち之を得、專諸是れなり。獨手、劍を舉げて至れるのみ。吳王壹成す。又況んや義兵、多き者は數萬、少き者は數千なるをや。其の躅路を密にし、敵の塗に開けば、則ち士は豈に特だ專諸とのみ議せんや。
-
呂氏春秋・決勝②夫れ民に常勇無く、亦た常怯無し。氣あれば則ち實ち、實つれば則ち勇なり。氣無ければ則ち虚、虚なれば則ち怯なり。怯勇虚實は、其の由甚だ微なり。知らざる可からず。勇なれば則ち戰い、怯なれば則ち北ぐ。戰いて勝つ者は、其の勇を戰わす者なり。戰いて北ぐる者は、其の怯を戰わす者なり。怯勇常無く、儵忽往來して、其の方を知るもの莫し。惟聖人のみ獨り其の由りて然る所を見る。故に商・周は以て興り、桀・紂は以て亡ぶ。巧拙の相過ぐる所以は、民の氣を益すと民の氣を奪うとに以てし、能く衆を鬭わすと衆を鬭わすこと能わざるとに以てす。軍大なりと雖も、卒多しと雖も、勝ちに益無し。軍大に卒多くして鬭う能わざれば、衆其の寡きに若かざるなり。夫れ衆の福い為るや大にして、其の禍い為るや亦た大なり。之を譬うれば、深淵に漁して、其の魚を得るや大なるも、其の害為るや亦た大なるが若し。善く兵を用うる者は、諸邊の內、與に鬭わざるもの莫く、廝輿白徒と雖も、方數百里より、皆來たりて會戰するは、勢之をして然らしむるなり。勢いなる者は、戰期を審らかにして、以て之を羈誘する有り。凡そ兵は、其の因るを貴ぶ。因るとは、敵の險に因りて以て己の固めを為し、敵の謀に因りて以て己の事を為す。能く因ることを審らかにして加うれば勝つ。則ち窮む可からず。勝つこと窮む可からざるを之れ神と謂う。神なれば則ち勝つ可からざるを能くす。夫れ兵は、勝つ可からざるを貴ぶ。勝つ可からざること己に在り、勝つ可きこと彼に在り。聖人は己に在る者を必とし、彼に在る者を必とせず。故に勝つ可からざるの術を執りて、以て勝たざるの敵に遇う。此くの若くなれば則ち兵に失無し。凡そ兵の勝つは、敵の失なり。失に勝つの兵は、必ず隱に必ず微に、必ず積に必ず摶なり。隱なれば則ち闡に勝ち、微なれば則ち顯に勝ち、積なれば則ち散に勝ち、摶なれば則ち離に勝つ。諸々の搏攫柢噬の獸、其の齒角爪牙を用うるや、必ず卑微隱蔽に託す。此れ勝ちを成す所以なり。
-
呂氏春秋・貴卒①力は突を貴び、智は卒を貴ぶ。之を得ること同じければ則ち速きを上と為し、之に勝つこと同じければ則ち濕きを下と為す。驥を貴ぶ所為の者は、其の一日にして千里なるが為なり。旬日にして之を取れば、駑駘と同じ。鏃矢を貴ぶ所為の者は、其の聲に應じて至るが為なり。終日にして至れば、則ち至ること無きと同じ。
-
呂氏春秋・論威④凡そ兵は、天下の凶器なり。勇は、天下の凶德なり。凶器を舉げて凶德を行うは、猶ほ已むを得ざるがごときなり。凶器を舉ぐれば必ず殺す、殺すは之を生かす所以なり。凶德を行えば必ず威す、威すは之を懾れしむる所以なり。敵懾れて民生く、此れ義兵の隆き所以なり。故に古の至兵は、才民未だ合わずして、威已に諭われて、敵已に服す。豈に必ずしも枹鼓干戈を用いんや。故に善く威を諭う者は、其の未だ發せざるに於いてするなり、其の未だ通ぜざるに於いてするなり。窅窅乎として冥冥、其の情を知るもの莫し。此を之れ至威の誠と謂う。
-
呂氏春秋・簡選①世に言有り。曰く、市人を驅りて之を戰わしむるも、以て人の厚祿教卒に勝つ可く、老弱罷民も、以て人の精士練材に勝つ可く、離散係累も、以て人の行陳整齊に勝つ可し。鋤櫌白梃も、以て人の長銚利兵に勝つ可し。此れ兵に通ぜざる者の論なり。今此に利劍有り、以て刺せば則ち中らず、以て撃てば則ち及ばざれば、惡劍と擇ぶこと無し。是が為に鬭うに因りて惡劍を用うるは則ち不可なり。精良を簡選し、兵械銛利なるも、之を發すること則ち時ならず、之を縱つも則ち當らざれば、惡卒と擇ぶこと無し。是が為に戰うに因りて惡卒を用うるは則ち不可なり。王子慶忌・陳年すら、猶ほ劍の利を欲するなり。精良を簡選し、兵械銛利にして、能將をして之を將いしむ。古者以て王者有り、以て霸者有り、湯・武・齊桓・晉文・吳の闔廬、是れなり。