呂氏春秋 / 仲秋⑤
是月也,日夜分。雷乃始收(聲)。蟄蟲〔咸〕俯〔在穴〕,〔皆墐其〕戶。殺氣浸盛,陽氣日衰。水始涸。日夜分,則一度量,平權衡,正鈞石,齊(升角)〔斗甬〕。
新字:是月也,日夜分。雷乃始収(声)。蟄虫〔咸〕俯〔在穴〕,〔皆墐其〕戸。殺気浸盛,陽気日衰。水始涸。日夜分,則一度量,平権衡,正鈞石,斉(升角)〔斗甬〕。
書き下し
是の月や、日夜分しく、雷乃ち始めて聲を収め、蟄蟲戸に俯す。殺氣浸く盛にして、陽氣日衰え、水始めて涸る。日夜分しければ、則ち度量を一にし、權衡を平らかにし、鈞石を正しくし、斗甬を齊しくす。
現代語訳
この月には、昼と夜の長さが等しくなる(秋分)。雷はようやく音をおさめ始め、冬眠する虫は穴にこもって入り口をふさぐ。陰の気がしだいに盛んになり、陽の気は日ごとに衰え、水は涸れ始める。昼夜が等しくなると、度量(ものさし・ますの容量)を統一し、はかりを平らかにし、重りを正しくし、ますをそろえる。
解説
この段は、秋分の自然現象を述べ、昼夜が等しくなるこの日に度量衡を統一・点検せよと説きます。雷が鳴りやみ虫が穴を閉ざし、陰が陽に代わって水が涸れ始める、その変わり目が秋分です。陰陽が均衡する秋分は公平の象徴とされ、この節目に長さ・重さ・容量の基準を正すことが、天の均衡に応じる政治とされました。天の均衡になぞらえて計量の公正を期す発想は、公正な取引や標準化の精神に通じ、基準を定期的に見直す習慣の原型といえます。
この章句が説くこと
秋分度量衡陰陽日夜分公平標準化
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