呂氏春秋 / 孟秋③
是月也,命有司,修法制,繕囹圄,具桎梏,禁止姦,慎罪邪,務搏執。命理瞻傷察創,視折審斷;決獄訟,必正平;戮有罪,嚴斷刑。天地始肅,不可以贏。
新字:是月也,命有司,修法制,繕囹圄,具桎梏,禁止姦,慎罪邪,務搏執。命理瞻傷察創,視折審断;決獄訟,必正平;戮有罪,厳断刑。天地始粛,不可以贏。
書き下し
是の月や、有司に命じて、法制を修め、囹圄を繕め、桎梏を具え、姦を禁止し、慎みて邪を罪し、搏執を務めしむ。理に命じ、傷を瞻て創を察し、折を視て斷を審らかにし、獄訟を決して、必ず正平ならしむ。有罪を戮し、斷刑を嚴にす。天地始めて肅なり、以て贏む可からず。
現代語訳
この月には、担当の役人に命じて、法制を整え、牢獄を修繕し、手枷足枷を用意させ、悪事を禁じ、慎重に罪を裁き、犯人の捕縛につとめさせる。裁判官には、傷を診て創を調べ、骨折や切断の状態をよく見きわめ、訴訟を裁いて必ず公正にさせる。罪ある者を処刑し、刑の執行を厳格にする。天地はこの時から粛殺の気に入るので、ゆるめてはならない。
解説
秋のはじめに司法と刑罰を整える月令の一段です。役人に法制の整備や牢獄の修繕、罪の審理と捕縛を命じ、裁判官には傷や骨折の状態まで丁寧に調べさせて公正な裁判を求め、刑の執行は厳格にせよと説きます。秋は天地が粛殺(草木を枯らし引き締める)の気に転じる季節とされ、それに合わせて刑罰を厳正に行うのが五行思想に基づく礼制でした。「ゆるめてはならない」という一句には、季節の勢いに逆らわない政治観がにじみます。証拠を丁寧に調べ公正を期す姿勢は、現代の司法にも通じる普遍的な理念です。
この章句が説くこと
刑獄法制粛殺裁判公正囹圄
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