呂氏春秋 / 古樂⑫
周文王處岐,諸侯去殷三淫而翼文王。散宜生曰:「殷可伐也。」文王弗許。周公旦乃作詩曰:「文王在上,於昭于天,周雖舊邦,其命維新」,以繩文王之德。
新字:周文王処岐,諸侯去殷三淫而翼文王。散宜生曰:「殷可伐也。」文王弗許。周公旦乃作詩曰:「文王在上,於昭于天,周雖旧邦,其命維新」,以縄文王之徳。
書き下し
周の文王、岐に處りしとき、諸侯、殷の三淫を去りて文王を翼く。散宜生曰く、殷伐つ可きなり。文王許さず。周公旦乃ち詩を作りて曰く、文王上に在り、於、天に昭わる。周、舊邦なりと雖も、其の命維れ新たなり。以て文王の德を繩む。
現代語訳
周の文王が岐山にいたとき、諸侯は殷の三つの許しがたい悪を見限って文王のもとに集まった。散宜生は「殷を討つべきです」と言ったが、文王は許さなかった。周公旦は詩を作って、「文王は上にあり、ああ、天に輝いている。周は古い国ではあるが、その天命は新たである」と歌い、それによって文王の徳を讃えたのである。
解説
周の文王の徳と、それを讃えた詩の由来を語る段です。殷の暴政を見限った諸侯が文王のもとに集まり、臣下は殷討伐を勧めましたが、文王はあえて許しませんでした。のちに周公旦が、天に輝く文王と、古い国ながら新たな天命を受けた周を讃える詩を作ったといいます。引かれる詩句は『詩経』大雅「文王」の一節で、周王朝の正統性を天命によって根拠づける有名な言葉です。討つべき状況でも軽々に兵を起こさない文王の慎みが、その徳の高さとして描かれています。力を持ちながらも自制し、徳によって人心を集めるという理想の君主像は、音楽・詩歌を通して称えられ、後世の政治倫理に長く影響を与えました。
この章句が説くこと
周文王周公旦散宜生詩経天命徳
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