呂氏春秋 / 大樂②
天下太平,萬物安寧,皆化其上,樂乃可成。成樂有具,必節嗜慾。嗜慾不辟,樂乃可務。務樂有術,必由平出。平出於公,公出於道。故惟得道之人,其可與言樂乎!亡國戮民,非無樂也,(不樂其樂)〔其樂不樂〕。溺者非不笑也,罪人非不歌也,狂者非不武也,亂世之樂,有似於此。君臣失位,父子失處,夫婦失宜,民人呻吟,其以為樂也,若之何哉?
新字:天下太平,万物安寧,皆化其上,楽乃可成。成楽有具,必節嗜慾。嗜慾不辟,楽乃可務。務楽有術,必由平出。平出於公,公出於道。故惟得道之人,其可与言楽乎!亡国戮民,非無楽也,(不楽其楽)〔其楽不楽〕。溺者非不笑也,罪人非不歌也,狂者非不武也,乱世之楽,有似於此。君臣失位,父子失処,夫婦失宜,民人呻吟,其以為楽也,若之何哉?
書き下し
天下太平、萬物安寧にして、皆其の上に化し、樂は乃ち成る可し。樂を成すに具有り、必ず嗜慾を節す。嗜慾、辟かざれば、樂は乃ち務む可し。樂に務むるに術有り、必ず平由り出づ。平は公より出で、公は道より出づ。故に惟だ道を得るの人のみ、其の與に樂を言う可きか。亡國戮民、樂無きに非ざるも、其の樂は樂しからず。溺るる者も笑わざるに非ざるなり、罪人も歌わざるに非ざるなり、狂者も武有らざるに非ざるなり。亂世の樂も、此に似たる有り。君臣は位を失い、父子は處を失い、夫婦は宜しきを失い、民人は呻吟す。其れ以て樂を為すや、之を若何せん。
現代語訳
天下が太平で万物が安らかになり、みなが上に立つ者に感化されてこそ、音楽は完成しうる。音楽を完成させるには条件があり、必ず欲望を節制しなければならない。欲望が開き放たれなければ、音楽に努めることができる。音楽に努めるにも方法があり、必ず「平(公平)」から出なければならない。平は公から出て、公は道から出る。だから道を体得した人とだけ、音楽を語ることができるのだ。滅びゆく国や殺される民に音楽がないわけではないが、その音楽は楽しくない。おぼれる者も笑わないわけではなく、罪人も歌わないわけではなく、狂人も勇み立たないわけではない。乱世の音楽もこれに似ている。君臣が位を失い、父子が居場所を失い、夫婦が節度を失い、民が苦しみあえぐ――それで音楽としても、どうしようもないではないか。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『童子問』卷上問ふ、易知易行・万世不易の理の、実に至極為ることは、既に命を聞くことを得たり。然れども心中猶ほ未だ釈然たること能はず。願はくは易く暁りやすきの語を以て、申ねて諭を垂れよと。曰く、人の外に道無く、道の外に人無し。人を以て人の道を行ふ、何の難知難行か之れ有らん。夫れ人の霊を以てすと雖も、然れども羽ある者の翔り、鱗ある者の潜るが若くなること能はざる者は、其の性異なればなり。堯の服を服し、堯の行ひを行ひ、堯の言を誦するに於ては、則ち復た甚だ難き者無し。其の道同じければなり。故に孟子曰く、夫れ道は一のみと。若し夫れ人倫を外にして道を求むる者は、猶ほ風を捕へ影を捉ふるがごとく、必ず得べからざるなり。故に道を知る者は、必ず之を邇きに求む。其の道を以て高しと為し、遠しと為し、企て及ぶべからずと為す者は、皆道の本然に非ず、自ら惑ふの致す所なり。
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『弁名』理氣人欲包犠氏網罟を為る、蓋し諸を離に取る、神農氏耒耜を為る、蓋し諸を益に取るが如し。易は本と象を取りて器を作るの義有り。故に爾か云ふ。形而上は、器未だ形を成さざる以前、唯だ易の道有るのみを謂ふ。其の形を成すの後に至りて、始めて其の器有り。皆器を制するを主として之を言ふ。下文遂に曰く、「化して之を裁する、之を変と謂ふ。推して之を行ふ、之を通と謂ふ。挙げて之を天下の民に措く、之を事業と謂ふ」と。是れ皆易を賛するの言なり。道器変通事業は、皆易を以て之を言ふのみ。上章に「戸を闔づる之を坤と謂ひ、戸を闢く之を乾と謂ふ。一たび闔ぢ一たび闢く之を変と謂ひ、往来窮まらざる之を通と謂ふ。見はるる乃ち之を象と謂ひ、形はるる乃ち之を器と謂ふ。制して之を用ふる之を法と謂ひ、利用出入して民咸之を用ふる之を神と謂ふ」と曰ふが如きも、是れ又た道器を以て対言せず。其の義以て見るべきのみ。豈に大謬に非ずや。
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『慎思録』巻之四術者の陋なり。陰陽を指して道と為すは、猶ほ天地を指して道と為し、聖人を指して道と為すがごとし。此れ道の在る所を以て言ふ。其の実、天地陰陽は即ち是れ道の存する所にして、還た是れ道中に在る所の物なり。蓋し道を以て主と為して之を言へば、則ち天地万物は皆是れ道中の物なり。天地万物を以て主と為して之を言へば、則ち道は天地万物の中に在りて、之が主為る者なり。陰陽の如きは、則ち又天地万物の比に非ず。同異離合を以て之を言ふべからず。故に易に陰陽を以て道を言ふは、此を以てなり。
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『弁名』理氣人欲仁斎先生曰く、「道は行ふ所を以て言ふ、活字なり。理は存する所を以て言ふ、死字なり。聖人は道を見ること実なり、故に其の理を説くや活なり。老氏は道を見ること虚なり、故に其の理を説くや死なり」と。又た曰く、「道は本と活字、其の生生化化の妙を形容する所以なり。理の字の若きは本と死字、玉に従ひ里に従ふ、玉石の文理を謂ふ。以て事物の条理を形容すべくして、以て天地生生化化の妙を形容するに足らず」と。此等の議論、皆痴人の夢を説くが如し。
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『弁名』道小人の道長ずと曰ひ、戎狄の道と曰ふ者有り。皆其の由る所を以て俗を成し、自ら一道有るに似たり。故に之を言ふ。善人の道と曰ひ、父の道を改むること無しと曰ふ者有り。亦た其の由る所を言ふのみ。必ずしも先王の道ならず。凡そ其の意此を以て道と為して之に由る者なり。是の道や何ぞ以て臧しとするに足らんと曰ふ者有り。詩書礼楽は、皆先王の道なり。故に一言半句と雖も亦た称して道と為すのみ。
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『慎思録』巻之三聖人の道は、本自ら分明なり。故に夫婦の愚も、以て与り知るべし。本自ら簡易なり。故に夫婦の不肖も、以て能く行ふべし。然れども世に之を知り之を行ふ者鮮きは、何ぞや。蓋し教無く習無きに因るなり。

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