史記 / 樗里子甘茂列伝
甘茂之亡秦奔齊、逢蘇代。甘茂曰、臣得罪於秦、懼而遯逃、無所容跡。臣聞貧人女與富人女會績、貧人女曰、我無以買燭、而子之燭光幸有餘、子可分我餘光、無損子明而得一斯便焉。今臣困而君方使秦而當路矣。茂之妻子在焉、願君以餘光振之。蘇代許諾。因說秦王曰、甘茂非常士也。其居於秦、累世重矣。彼以齊約韓魏反以圖秦、非秦之利也。秦王曰、然則柰何。蘇代曰、王不若重其贄、厚其祿以迎之。秦王即賜之上卿。
新字:甘茂之亡秦奔斉、逢蘇代。甘茂曰、臣得罪於秦、懼而遯逃、無所容跡。臣聞貧人女与富人女会績、貧人女曰、我無以買燭、而子之燭光幸有余、子可分我余光、無損子明而得一斯便焉。今臣困而君方使秦而当路矣。茂之妻子在焉、願君以余光振之。蘇代許諾。因説秦王曰、甘茂非常士也。其居於秦、累世重矣。彼以斉約韓魏反以図秦、非秦之利也。秦王曰、然則柰何。蘇代曰、王不若重其贄、厚其祿以迎之。秦王即賜之上卿。
書き下し
甘茂の秦を亡げて斉に奔るや、蘇代に逢ふ。甘茂曰く、「臣秦に罪を得、懼れて遯逃し、跡を容るる所無し。臣聞く、貧人の女と富人の女と績を会するに、貧人の女曰く、我燭を買ふ無し、而れど子の燭光幸ひに余り有り、子我に余光を分かつ可し、子の明を損なふ無くして一の斯の便を得ん、と。今臣困しみて君方に秦に使ひして路に当たれり。茂の妻子焉に在り、願はくは君余光を以て之を振へ」と。蘇代許諾す。因りて秦王に説きて曰く、「甘茂は常士に非ざるなり。其の秦に居ること、累世重んぜらる。彼斉を以て韓魏を約し、反りて以て秦を図らば、秦の利に非ざるなり」と。秦王即ち之に上卿を賜ふ。
現代語訳
「相手の負担にならない形で助けを求める・与える」という互助の知恵を示す、美しい比喩の一段です。政敵の讒言で秦を追われた甘茂は、亡命の途中で顔見知りの蘇代に出会い、助けを求めます。そのとき彼が引いたのが「余光を分かつ」というたとえです。貧しい娘が、灯りを買えないので、裕福な娘に「あなたの灯りの余った光を分けてくれませんか。あなたの明るさは少しも減らず、私は助かるのです」と頼んだ、と。つまり、あなた(蘇代)が今持っている力・立場を使って、あなた自身は何も損せずに、私(甘茂)を助けてほしい、という頼み方です。相手に大きな犠牲を強いるのではなく、「あなたが余らせているもの(余光)で、私は救われる」と示すことで、相手が快く応じられるようにした。蘇代もこれに応え、秦王に「甘茂ほどの人物を敵国に走らせるのは秦の損だ」と説いて、甘茂の家族を守りました。ここに、人に助けを求めるとき・人を助けるときの知恵があります。第一に、助けを求める側は、相手の負担が最小で効果が大きい形(相手が余らせているリソースを活かす形)で頼むと、相手は応じやすい。第二に、助ける側も、自分を犠牲にする「持ち出し」ばかりが助けではなく、自分に余裕のあるもの・すでに持っている力を分け与えるだけで、相手を大きく救えることがある。互いに無理のない互助の形——「余光を分かつ」精神は、組織や人間関係における、負担の少ない協力のあり方を教えます。