呂氏春秋 / 孟夏⑦
是月也,天子飲酎,用禮樂。
新字:是月也,天子飲酎,用礼楽。
書き下し
是の月や、天子、酎を飲み、禮樂を用う。
現代語訳
この月には、天子は三度醸した濃い酒(酎)を飲み、礼と楽を用いる。
解説
この段は、初夏に天子が濃く醸した酒である酎(ちゅう)を飲み、その際に礼と楽を伴わせることを述べます。単なる飲酒ではなく、礼儀作法と音楽をととのえた儀礼として酒を用いる点が要点です。背景には、宴や飲酒もまた季節にかなった国家の礼の一部であり、無秩序な享楽ではなく秩序と節度のうちに行うべきだとする考えがあります。酎は手間をかけて醸した特別な酒で、初夏という節目にふさわしい格式を示します。現代でも、会食や祝宴を単なる娯楽で終わらせず、礼節と場の調和を大切にする作法として読み解くことができ、公私の区別と節度ある楽しみ方の原型を伝えています。
この章句が説くこと
酎礼楽飲酒儀礼節度
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