呂氏春秋 / 圜道①
天道圜,地道方,聖王法之,所以立上下。何以說天道之圜也?精氣一上一下,圜周復雜,無所稽留,故曰天道圜。何以說地道之方也?萬物殊類殊形,皆有分職,不能相為,故曰地道方。主執圜,臣處方,方圜不易,其國乃昌。
新字:天道圜,地道方,聖王法之,所以立上下。何以説天道之圜也?精気一上一下,圜周復雑,無所稽留,故曰天道圜。何以説地道之方也?万物殊類殊形,皆有分職,不能相為,故曰地道方。主執圜,臣処方,方圜不易,其国乃昌。
書き下し
天道は圜、地道は方なり。聖王、之に法り、上下を立つる所以なり。何を以て天道の圜なるを説くや。精氣一上一下し、圜周復雜して、稽留する所無し。故に天道は圜なりと曰う。何を以て地道の方なるを説くや。萬物類を殊にし形を殊にして、皆分職有り、相為すを能わず。故に地道は方なりと曰う。主は圜を執り、臣は方に處る。方圜易わらざれば、其の國は乃ち昌ゆ。
現代語訳
天の道は円(めぐる)、地の道は方(定まる)である。聖王はこれにのっとって、上下(君臣)の秩序を立てる。なぜ天の道が円だと説くのか。精気は上ったり下ったりして循環し巡り、とどまる所がないからだ。だから天の道は円だという。なぜ地の道が方だと説くのか。万物は種類も形も異なり、それぞれ分担する職分があって、互いに代わることができないからだ。だから地の道は方だという。君主は円(めぐる働き)を執り、臣下は方(定まった職分)にとどまる。方と円が入れ替わらなければ、その国はやがて栄える。
解説
「圜道」篇の冒頭で、天の道は円環運動、地の道は方形の定まりだという宇宙観を示し、これを君臣の秩序に当てはめます。精気が絶えず循環する天の円に君主のめぐる働きを、種類ごとに職分が定まった地の方に臣下の分担を対応させ、両者が入れ替わらなければ国は栄えると説きます。トップは全体を統べて巡らせ、部下はそれぞれの持ち場を守るという役割分担の思想です。現代の組織論に置き換えれば、経営者は全体を循環させ調整する役、各部門は専門の職分を全うする役、という区別を保つことが組織繁栄の条件だと読め、示唆に富みます。
この章句が説くこと
圜道天道地道方圜主臣循環
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