呂氏春秋 / 先己③
夏后相與有扈戰於甘澤而不勝,六卿請復之,夏后相曰:「不可。吾地不淺,吾民不寡,戰而不勝,是吾德薄而教不善也。」於是乎處不重席,食不貳味,琴瑟不張,鍾鼓不脩,子女不飭,親親長長,尊賢使能,期年而有扈氏服。故欲勝人者必先自勝,欲論人者必先自論,欲知人者必先自知。
新字:夏后相与有扈戦於甘沢而不勝,六卿請復之,夏后相曰:「不可。吾地不浅,吾民不寡,戦而不勝,是吾徳薄而教不善也。」於是乎処不重席,食不貳味,琴瑟不張,鍾鼓不脩,子女不飭,親親長長,尊賢使能,期年而有扈氏服。故欲勝人者必先自勝,欲論人者必先自論,欲知人者必先自知。
書き下し
夏后伯啓、有扈と甘澤に戰いて勝たず。六卿、之を復びせんことを請う。夏后伯啓曰く、「不可なり。吾が地は淺からず、吾が民は寡からず、戰いて勝たざるは、是れ吾が德の薄くして教の善からざればなり。」是に於いてか、處るに席を重ねず、食らうに味を貳せず、琴瑟張らず、鍾鼓修めず、子女飭らず、親を親しみ長を長び、賢を尊び能を使いしかば、期年にして有扈氏服す。故に人に勝たんと欲する者は、必ず先づ自ら勝ち、人を論ぜんと欲する者は必ず先づ自ら論じ、人を知らんと欲する者は必ず先づ自ら知る。
現代語訳
夏后伯啓が有扈氏と甘澤で戦って勝てなかった。六卿は再戦を願い出たが、伯啓は言った。「ならぬ。わが領地は狭くなく、わが民は少なくない。それでも戦って勝てないのは、わたしの徳が薄く、教化が行き届いていないからだ。」そこで伯啓は、敷物を重ねず、食事に二種の味をつけず、琴や瑟を張らず、鐘や太鼓を用いず、子女を着飾らせず、身内を親しみ年長者を敬い、賢者を尊んで有能な者を用いた。すると一年で有扈氏は服従した。だから、人に勝とうとする者は必ずまず自分に勝ち、人を評価しようとする者は必ずまず自分を評価し、人を知ろうとする者は必ずまず自分を知るのだ。
解説
この章句が説くこと
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