呂氏春秋 / 先己①
(二)〔三〕曰:湯問於伊尹曰:「欲取天下若何?」伊尹對曰:「欲取天下,天下不可取。可取,身將先取。」凡事之本,必先治身,嗇其大寶。用其新,棄其陳,腠理遂通。精氣日新,邪氣盡去,(及)〔終〕其天年。此之謂真人。
新字:(二)〔三〕曰:湯問於伊尹曰:「欲取天下若何?」伊尹対曰:「欲取天下,天下不可取。可取,身将先取。」凡事之本,必先治身,嗇其大宝。用其新,棄其陳,腠理遂通。精気日新,邪気尽去,(及)〔終〕其天年。此之謂真人。
書き下し
湯、伊尹に問いて曰く、「天下を取らんと欲す。若何。」伊尹對えて曰く、「天下を取らんと欲すれば、天下取る可からず。取る可くんば、身將に先づ取るべし。凡そ事の本は、必ず先づ身を治め、其の大寶を嗇しみ。其の新を用い、其の陳を棄つれば、腠理は遂通し、精氣は日々に新たに、邪氣は盡く去る。其の天年に及べば、此を之れ真人と謂う。」
現代語訳
湯王が伊尹に尋ねた。「天下を取るにはどうすればよいか。」伊尹は答えた。「天下を取ろうと欲すれば、かえって天下は取れません。取ろうとするなら、まず自分自身を取る(修める)べきです。およそ物事の根本は、必ずまず我が身を修め、その大切な宝(精気)を惜しんで大事にすることにあります。新しい気を取り入れ、古い気を捨てれば、皮膚のきめは通り、精気は日々新たになり、邪気はことごとく去ります。こうして天寿を全うできれば、これを真人と呼ぶのです。」
解説
「先己」篇の冒頭で、殷の湯王と名臣伊尹の対話を通じ、天下を治める根本は自分自身を修めることだと説きます。天下を取ろうと外に求めれば取れず、まず我が身を治め精気を大切にして新陳代謝を保てば、心身が健やかになり天寿を全うできる、そういう人を真人と呼ぶという教えです。統治論と養生論が一つに結ばれている点が特徴です。現代でも、組織や成果を求める前に、まず自分自身を整えることが出発点だという考えは有効で、リーダーの自己修養やセルフマネジメントの原点として読むことができます。
この章句が説くこと
先己湯王伊尹治身精気真人
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