呂氏春秋 / 仲春④
是月也,日夜分。雷乃發聲,始電。蟄蟲咸動,開戶始出。先雷三日,奮鐸以令于兆民曰:「雷且發聲,有不戒其容止者,生子不備,必有凶災。」日夜分,則同度量,鈞衡石,角斗桶,正權概。
新字:是月也,日夜分。雷乃発声,始電。蟄虫咸動,開戸始出。先雷三日,奮鐸以令于兆民曰:「雷且発声,有不戒其容止者,生子不備,必有凶災。」日夜分,則同度量,鈞衡石,角斗桶,正権概。
書き下し
是の月や、日夜分しく、雷乃ち聲を發し、始めて電し、蟄蟲咸な動き、戸を開きて、始めて出づ。雷に先だつこと三日、鐸を奮いて、以て兆民に令して曰く、「雷且に聲を發せんとす。其の容止を戒めざる者有らば、生子備わらず、必ず凶災有らん。」日夜分しければ、則ち度量を同じくし、衡石を鈞しくし、斗桶を角にし、權概を正しくす。
現代語訳
この月には昼と夜の長さが等しくなる(春分)。雷が鳴りはじめ、稲妻が光りはじめ、冬ごもりしていた虫がみな動き出し、穴の戸を開いて出てくる。雷が鳴り出す三日前には、木鐸を打ち鳴らして万民に触れを出して言う。『まもなく雷が鳴る。ふだんの振る舞いを慎まない者があれば、生まれる子は五体満足でなく、必ず災いがあるだろう』と。昼夜が等分になるこの時に、長さ・容量・重さのはかりを統一し、秤の分銅や枡のならし棒を正しく調える。
解説
この段は、春分の日を中心に、雷や稲妻、冬眠から覚めた虫といった自然の変化を描き、それに応じた人事を定めます。雷が鳴る前に木鐸で触れを出し、身を慎むよう戒めるのは、天の働きに畏敬を払う古代の心性を示します。また昼夜が等しくなる公平な時にちなんで、度量衡を統一し、はかりを正しく調えます。これは自然の均衡を人の制度の公正さに重ねる発想で、呂氏春秋の天人相応の思想をよく表しています。現代でも、季節の節目を基準を見直す機会とし、公平・公正なものさしを整えるという発想は、組織運営の知恵として通じます。
この章句が説くこと
仲春春分度量衡雷畏敬公正
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