呂氏春秋 / 貴公④
人之少也愚,其長也智,故智而用私,不若愚而用公。日醉而飾服,私利而立公,貪戾而求王,舜弗能為。
新字:人之少也愚,其長也智,故智而用私,不若愚而用公。日酔而飾服,私利而立公,貪戻而求王,舜弗能為。
書き下し
人の少きや愚、其の長ずるや智。故に智にして私を用うるは、愚にして公を用うるに若かず。日々に酔いて服を飾え、利を私して公を立て、貪戻にして王たらんことを求むるは、舜も為すこと能わず。
現代語訳
人は幼いころは愚かで、成長すれば知恵がつく。しかし、知恵がありながら私心で用いるのは、愚かでも公平さで用いるのに及ばない。毎日酒に酔いながら喪服だけは整え、私利をむさぼりながら公を立てるふりをし、貪欲で道に外れていながら王者になろうと求める——そんなことは、聖人の舜でさえ成し遂げられない。
解説
「貴公」篇の結びとして、知恵より公平さが上だと説く短い段です。人は成長すれば知恵を得ますが、その知恵を私心のために使うくらいなら、愚かでも公平に用いるほうがましだ、といいます。能力の高さそのものより、それを何のために使うか——公か私か——が問われているのです。後半は、うわべだけ体裁を整えながら中身は私利をむさぼる者を痛烈に批判します。外見と実態が食い違ったまま高い地位を望んでも、聖王の舜ですら実現できない、というのです。ここには、篇全体を貫く「公」の思想が凝縮されています。どれほど有能でも、私心で動けば信頼も成果も得られない。目立つ才覚よりも、公平に徹する姿勢こそがリーダーの土台だと教える一段です。
この章句が説くこと
貴公公平私心智愚舜王道
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