呂氏春秋 / 孟春⑦
孟春行夏令,則風雨不時,草木旱槁,國乃有恐。行秋令,則民大疫,疾風暴雨數至,藜莠蓬蒿竝興。行冬令,則水潦為敗,霜雪大摯,首種不入。
新字:孟春行夏令,則風雨不時,草木旱槁,国乃有恐。行秋令,則民大疫,疾風暴雨数至,藜莠蓬蒿並興。行冬令,則水潦為敗,霜雪大摯,首種不入。
書き下し
孟春に夏の令を行えば、則ち風雨時ならず、草木旱槁し、國乃ち恐有り。秋の令を行えば、則ち民大いに疫し、疾風暴雨數々至り、藜莠蓬蒿竝び興る。冬の令を行えば、則ち水潦敗を為し、霜雪大いに摯り、首種入らず。
現代語訳
孟春(一月)に夏の政令を行えば、風雨が時節に合わず、草木は旱で枯れ、国に不安が生じる。秋の政令を行えば、民に疫病が大いに流行し、烈風や暴雨がしばしば襲い、あかざ・ぐさ・よもぎのような雑草がはびこる。冬の政令を行えば、大雨が実りをそこない、霜や雪がひどく降り、最初に蒔くべき穀物が地に入らない(蒔けない)。
解説
月令の締めくくりとして、季節にそぐわない政令を出したらどうなるかを説く段です。一月に夏・秋・冬それぞれの政を行えば、天候の異常、疫病、雑草の繁茂、作物の不作といった災いが起こる、と警告します。古代中国では、政治と自然は連動しており、為政者が季節に合わない施策を行えば、その乱れが気候や作物に現れると考えられました。因果の科学的当否はともかく、ここに込められた核心は「物事には適切な時機がある」という一点です。時期外れの施策はかえって害をなす——農事に限らず、あらゆる意思決定において、タイミングを見誤ることの危うさを教える一段です。
この章句が説くこと
月令時令違反災異孟春時機政治と自然
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