呂氏春秋 / 孟春⑥
是月也,不可以稱兵,稱兵必有天殃。兵戎不起,不可以從我始。無變天之道,無絕地之理,無亂人之紀。
新字:是月也,不可以称兵,称兵必有天殃。兵戎不起,不可以従我始。無変天之道,無絶地之理,無乱人之紀。
書き下し
是の月や、以て兵を稱ぐ可からず。兵を稱ぐれば、必ず天殃有らん。兵戎起きざれば、以て我自り始む可からず。天の道を變ずる無かれ、地の理を絶つ無かれ、人の紀を亂す無かれ。
現代語訳
この月には、軍を起こしてはならない。軍を起こせば必ず天の災いが下る。戦乱が起きていないのに、こちらから戦を始めてはならない。天の道理を変えてはならず、地の道理を断ってはならず、人の秩序を乱してはならない。
解説
春には戦を起こしてはならない、と説く段です。春は万物が生まれ育つ季節ですから、殺し合いである戦争は、生成の気に真っ向から逆らう行為とされました。だからこちらから戦端を開けば天の災いを招く、というのです。ここには、天・地・人それぞれに固有の道理があり、それを乱してはならないという、古代中国の一貫した秩序観が表れています。人の営みは自然の理から独立して勝手に進めてよいものではなく、時と天地のリズムに従うべきだと考えられたのです。時機に反した行動が思わぬ災いを招くという戒めは、性急な決断を戒める教訓として、現代にも通じます。
この章句が説くこと
春令称兵稱兵天殃天地人秩序
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