了凡四訓 / 謙德之效・節を折りて自ら持し、善は日に修を加ふ
張由此折節自持,善日加修,德日加厚。丁酉,夢至一高房,得試錄一冊,中多缺行。問旁人,曰:此今科試錄。問:何多缺名?曰:科第陰間三年一考較,須積德無咎者,方有名。如前所缺,皆係舊該中式,因新有薄行而去之者也。後指一行云:汝三年來,持身頗慎,或當補此,幸自愛。是科果中一百五名。
新字:張由此折節自持,善日加修,徳日加厚。丁酉,夢至一高房,得試録一冊,中多欠行。問旁人,曰:此今科試録。問:何多欠名?曰:科第陰間三年一考較,須積徳無咎者,方有名。如前所欠,皆係旧該中式,因新有薄行而去之者也。後指一行云:汝三年来,持身頗慎,或当補此,幸自愛。是科果中一百五名。
書き下し
張此より節を折りて自ら持し、善は日に修を加へ、德は日に厚きを加ふ。丁酉、夢に一高房に至り、試錄一冊を得たり。中に缺行多し。旁人に問ふに、曰く、此れ今科の試錄なり、と。問ふ、何ぞ名を缺くこと多き、と。曰く、科第は陰間三年に一たび考較す。須らく德を積みて咎無き者にして、方めて名有るべし。前の缺く所の如きは、皆な舊と式に中るべきに該るも、新たに薄行有るに因りて之を去る者に係るなり、と。後に一行を指して云ふ、汝三年來、身を持すること頗る慎めり。或いは當に此を補ふべし。幸ひに自愛せよ、と。是の科果して一百五名に中る。
現代語訳
張はこれから態度を改めて身を慎み、善行は日ごとに修め、徳は日ごとに厚くしていきました。丁酉の年(1597年)、夢である高い建物に入り、試験の合格者名簿を一冊手に入れました。中には空白の行がたくさんありました。そばの人に尋ねると、「これは今回の試験の名簿です」と言います。「どうして名前の欠けたところが多いのですか」と尋ねると、「科挙の合格は、あの世で三年に一度審査される。徳を積んで過ちのない者だけが名を載せられる。前にある空白は、みなもともと合格するはずだったのに、新たに軽薄な行いがあったために消された者たちだ」と言いました。そしてある一行を指して「あなたはこの三年、身を持することがかなり慎み深かった。あるいはここに補われるかもしれない。どうか自分を大切にしなさい」と言いました。その回の試験で、張は果たして百五番で合格しました。
解説
この章句が説くこと
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