了凡四訓 / 謙德之效・文を作るは心氣の和平なるを貴ぶ
壬辰歲,予入覲,晤夏建所,見其人氣虛意下,謙光逼人,歸而告友人曰:凡天將發斯人也,未發其福,先發其慧;此慧一發,則浮者自實,肆者自斂;建所溫良若此,天啟之矣。及開榜,果中式。 江陰張畏巖,積學工文,有聲藝林。甲午,南京鄉試,寓一寺中,揭曉無名,大罵試官,以為瞇目。時有一道者,在傍微笑,張遽移怒道者。道者曰:相公文必不佳。張益怒曰:汝不見我文,烏知不佳?道者曰:聞作文,貴心氣和平,今聽公罵詈,不平甚矣,文安得工?張不覺屈服,因就而請教焉。
新字:壬辰歳,予入覲,晤夏建所,見其人気虚意下,謙光逼人,帰而告友人曰:凡天将発斯人也,未発其福,先発其慧;此慧一発,則浮者自実,肆者自斂;建所温良若此,天啓之矣。及開榜,果中式。 江陰張畏巖,積学工文,有声芸林。甲午,南京郷試,寓一寺中,掲暁無名,大罵試官,以為瞇目。時有一道者,在傍微笑,張遽移怒道者。道者曰:相公文必不佳。張益怒曰:汝不見我文,烏知不佳?道者曰:聞作文,貴心気和平,今聴公罵詈,不平甚矣,文安得工?張不覚屈服,因就而請教焉。
書き下し
壬辰の歲、予入覲して、夏建所に晤ふ。其の人の氣虛しく意下り、謙光人に逼るを見る。歸りて友人に告げて曰く、凡そ天の將に斯の人を發せんとするや、未だ其の福を發せずして、先づ其の慧を發す。此の慧一たび發すれば、則ち浮なる者は自ら實に、肆なる者は自ら斂まる。建所の溫良此くの若し、天之を啓けり、と。榜を開くに及び、果して式に中る。 江陰の張畏巖、學を積み文に工にして、藝林に聲有り。甲午、南京の鄉試に、一寺中に寓す。揭曉して名無し。大いに試官を罵り、以て瞇目と為す。時に一道者有り、傍らに在りて微笑す。張遽かに怒りを道者に移す。道者曰く、相公の文は必ず佳ならざらん、と。張益々怒りて曰く、汝我が文を見ず、烏くんぞ佳ならざるを知らん、と。道者曰く、聞く、文を作るは、心氣の和平なるを貴ぶ、と。今公の罵詈するを聽くに、不平甚だし。文安んぞ工なるを得ん、と。張覺えず屈服し、因りて就きて教へを請ふ。
現代語訳
壬辰の年(1592年)、私は都へ参内したとき、夏建所に会いました。その人が気負いなく腰が低く、謙虚な輝きが人に迫ってくるのを見ました。帰って友人に言いました。「およそ天がある人を世に出そうとするときは、その福を出す前に、まずその知恵を開く。この知恵がひとたび開けば、浮ついた者はおのずから着実になり、勝手な者はおのずから慎み深くなる。建所がこれほど温和で善良なのは、天がその知恵を開いたのだ」。合格発表になると、果たして合格していました。 江陰の張畏巌は、学問を積み文章に巧みで、文人の間で名が知られていました。甲午の年(1594年)、南京の郷試を受けて、ある寺に宿泊していました。合格発表で名がなかったので、試験官を大いにののしり、目が見えていないと言いました。そのとき一人の道士がそばにいて、にやりと笑いました。張はたちまち怒りを道士に向けました。道士は言いました。「あなたの文章はきっと良くなかったのでしょう」。張はますます怒って「お前は私の文章を見てもいないのに、どうして良くないと分かるのか」と言いました。道士は言いました。「文章を作るには、心と気が穏やかであることが大切だと聞いています。今あなたがののしるのを聞いていると、ひどく穏やかでない。それでどうして巧みな文章が書けましょう」。張は思わず屈服し、道士のもとへ行って教えを請いました。
解説
この章句が説くこと
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